カルピスソーダ

□♯14
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心ときめく楽しすぎる時間はあっという間に過ぎて、オレたちは伊藤家をお暇することにした。

時刻は四時を知らせていたが、外の空気は熱されたまま下がることを知らないようだった。

“お母さん”に挨拶やらお礼やらをして玄関を出ようとしたところで、伊藤がオレに声をかけた。

「藤真さん、ちょっとだけシュートフォーム見てくれませんか」


オレたちは伊藤家の庭にあるバスケットリングへ向かった。


一志がディフェンス役をし、花形がパスを出す。


「こんな贅沢な練習、夢みたいだ」

伊藤が至極嬉しそうに言った。

「今日は偏におまえのお陰だからな」

一志が伊藤を労った。

「オレたちも頑張っただろ」

花形がオレを見てニヤリとする。

「感謝、してる」

オレはぼそりと呟いた。

花形は、バンッとわざとらしく音を立ててワンバウンドパスを出すと

「聞こえなかったな」

と言った。

一志と伊藤がクク…と笑った。

「感謝してるよ!」

オレは一際大きな声で言った。

「当然だ」

花形はそう微笑んだ。



「伊藤。おまえのシュート成功率は悪くないからもっと自信を持って打て」

そう声をかけながら、ところどころフォームの修正もしてやった。

これからは大分良くなるんじゃないか、オレはそう思った。



「今晩、メールしろよ」

花形が伊藤にパスを出しながらオレにそう言った。

「え…、ああ…うん」

そう答えたものの、はっきり言って自信はなかった。

オレはメールが苦手だった。

バスケ部の連絡事項メールなら得意だけど。

オレが返信さえもメールしないというのは、これまで付き合ってきた女子どもの最大の攻撃対象だった。

「メールを強要するなら別れる」

と言って別れたパターンもあった。


「ちょっとでいいんだ、今日のお礼とおまえの都合のいい日を何日かピックアップして送っとけ。メール慣れしてないくらいで丁度いい。
おまえ、彼女からのメール欲しいだろ?」

確かに…オレは自分でメールすることには気後れしていたが、名前ちゃんからのメールは是非に欲しいと思った。

「だったら送るしかないだろ」

花形がニンマリする。

やるしかない、オレの心は簡単に決まった。


「藤真、頑張れよ」

花形が急に真面目な顔つきになってそう言った。

「そのつもりだ」

オレはチラリとだけ花形を見て伊藤に目を戻してそう言った。

「オレたちがここまでお膳立てしてやったんだ、いいトコ見せてがっちりハートを掴めよ、お友達の藤真くん」

「言うなそれをっ」

オレは花形をギンと睨む。

人が気にしてることをほじくり返すのがこの男の趣味なんだ。


「ハハハハハ…!」

一志がディフェンスどころじゃなくなるほどに笑っている。

「真面目にやれよ」

オレはムッとしてそう言った。

「オレ、あの時にデスビームを受ける覚悟しましたもん」

伊藤も吹き出しそうな笑いを堪えてそう言った。

オレは伊藤に

「おまえにはデスビーム放つ決意してんだよ」

そう言って冷笑した。

「う、うそ…。何でですか?オレ、頑張ったじゃないですか…。そんなの嫌だあ、藤真さんーーー」

「うるさいな…。だったら二度とゲームに勝ったぐらいで諸手を上げて喜ぶんじゃないぞ」

オレは伊藤を見遣り、諭すようにそう言った。


「なに今の…!?」

「ああ。多分オレが…、いつも…、だから…、それで…」

「ぷっ。健気な男…」

「そんな姿、女子の前でさらすなよ。翔陽高校始まって以来の激震が走る」

「女子?オレには全く関係のない存在だな」

「…だってさ。聞いたか?」

「びっくりしますよねー、オレたちに激震走りましたよねー」

「そんなの藤真さんじゃないって何人泣くかな?」

「泣く?笑うの間違えだろ」

「ぷぷぷぷぷ。確かに!笑いすぎて泣けるだな」

アハハハハ☆

「人を笑いものにしてんじゃないっ!」

でもオレを包む幸福感は何事をも跳ね返す。

ヤツらを怒る気になんて全然ならなかった。




オレたちがバスケを初めて二十分ほどたったとき、“お母さん”と名前ちゃんが玄関から出てきた。


オレたちの傍に近寄ると“お母さん”が、

「暑いでしょう、スイカ切ったから食べて」

そう言ってガーデンテーブルに、皿に盛ったスイカをおいた。

名前ちゃんはグラスに注がれた冷茶とおしぼりをトレーに載せて持ってきた。

「外は暑いわねぇ、夕方だなんて思えないわ」

“お母さん”はベンチに腰を下ろすと眩しそうに目を細めてそう言った。

オレたちは喉が渇いていたこともあって早速いただくことにした。

よく冷えたとても甘いスイカだった。

「うまいな」

オレたちはそう言い合いながら和気藹々食べた。


「藤真くん、名前のお出かけに付き合ってくださるんですって?」

スイカを頬張るオレに“お母さん”が笑いかけた。

オレにはそれが不意打ちに思えたが

「あ、はい。あの、失礼じゃなければ…。一緒に…」

顔を染めながらも真っ直ぐに“お母さん”に向かって言った。

「名前ちゃん、夏休みは毎年暇人だから良かったわねって言ってたのよ。…万年暇人だったわね♪
お忙しいでしょうけど、良かったらその後もどこか連れ出してやって、ね」

んふふ…と“お母さん”が笑う。

「あ…はい」

オレはスイカよりも真っ赤に顔が染まってるんじゃないかって思った。

恥ずかしくて嬉しくて仕方なかった。

名前ちゃんのことが気になって視線を向けると、名前ちゃんもちょうどオレに視線を向けたところだった。

キミがスイカの向こうからオレにニッコリ微笑みかける。

オレもスイカ越しに笑いかけた。



いつかキミに好きだって伝えたい、オレははっきりとそう思った。
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