カルピスソーダ

□♯13
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その場に流れる…オレが発する冷えた空気に名前ちゃんだけが気付かずニコニコと満足気にしている。

花形、一志、伊藤の三人はオレを見つめたまま動きを静止した。

UNOで盛り上がっていた空気も完全に冷やされていた…オレが冷やした。

オレはチラリと伊藤を見遣る。

別に睨んでもないのに、伊藤はビクッとして怯え始めた。

そして助けを求めるように花形に視線を移す。

名前ちゃんはレモン水をまた一口飲んだ。

グラスを口から外してふぅ〜と息を吐き、膝の上の手のひらにグラスの底を載せたとき、花形が口を開いた。

「名前ちゃんて伊藤に気を使ってるのかな?」

「え?私が?」

そう聞かれて、目をパチパチと瞬かせる名前ちゃん。

そのまま花形の方を向いた。

「だってさっきから伊藤のことばっかり気にしてるように見えるから」

花形がオレたちには決して見せない笑顔を浮かべている。

あいつ、女子にはあんな笑顔を見せてたのか…。

「そ、そう?」

名前ちゃんが目を左右に泳がせている。

「うん」

花形は更に笑顔度をアップさせる。

オレは天変地異でも起こるんじゃないかって心配になる。

「…う〜ん、気を使ってるかどうかは分からないけど、卓ちゃんの世界には入らない方がいいと思って…」

目を泳がせながら名前ちゃんがそう言った。

「なんで?」

敢えての不思議顔をする花形。

「だって邪魔でしょう、私…」

名前ちゃんが伊藤にチラッと視線を送る。

花形がこれ見よがしに驚いて見せて

「そうなのか?」

と伊藤を振り返る。

突然話題を振られた伊藤はわたわたして、あわわあわわ…という顔をする。

「どうなんだ、伊藤」

一志がいつもの微笑をたたえた顔で伊藤に静かに声をかけた。

「あ、オレは…別に…」

伊藤が俯いてやっと声を出す。

「そんなことないって伊藤は言ってるけど?」

花形がまたあの女子専用の笑顔を名前ちゃんに向けた。

「そう、そうかな…」

「気にしすぎてたんじゃないの?」

花形が首を小さく横に傾けてそう言った。

「う、うん…。そうかな…」

視線は床に落とされてたけれど、名前ちゃんの顔に笑顔が戻っていくのが分かった。

何かからちょっと解放された、そんな顔だった。

「藤真はバスケ以外取り柄のない男で、…勉強もそこそこできるんだけど。部活以外の時間は大抵暇にしてて、だけどオレたちもいつもいつも藤真とばかりもいられなくって。
もし良かったら…、名前ちゃんが嫌じゃなかったらだけど、少し仲良くしてくれるとオレたちも助かるんだけど。オレたちもその…」

花形はそう言うと、一志の方をチラッと見た。

目配せをしている。

一志はその視線に気付くと一瞬目を見開いたが、すぐに、

「あ、ああ。オレたち、他にも用事があるんだよ。藤真にはその…ない用事っていうか…」

とかく言い辛そうに、言いたいことを汲んでくれと言わんばかりにそう言った。

そんな一志をじっと見ていた名前ちゃんは、

「あ、彼女がいるんだよね♪花形くんと長谷川くんは」

両手を胸の前で合わせると目を輝かせてそう言った。

…雰囲気、読めない訳じゃないんだね。

「うん…。藤真の前では言い辛いんだけど、…そうなんだ。だから…、あっでも、名前ちゃんにも彼氏とかいるんじゃないか、だったらこんなお願い…悪いよ花形…」

一志がわざとらしーく花形に振り返す。

「そうだな…。名前ちゃんほどの子に彼氏がいないなんてことある訳ないよな。…ごめんね、名前ちゃん。変なお願いしたりして。こちらから言い出しといてなんだけど、忘れてくれるかな」

花形が善人のような笑顔を名前ちゃんに向けた。

「…私、彼氏…いないけど…」

名前ちゃんが、ぼーっとした顔で花形に答える。

床の一点を見つめるその顔は無表情に近かった。

「えっ??まさか…」

「…嘘だろ?」

花形と一志が漫才師のようなポーズをとって驚いている振りをしている。

伊藤とオレは完全な無表情でそれを見ていた。

「…ほんと」

名前ちゃんが顔を上げてそう言った。

「まさか…なあ」

「うん、にわかには信じられん。遠慮なら…」

「本当に、本当にいないの」

少し掠れたような、大きくも小さくもない声で名前ちゃんは訴えた。

そんな自分に引け目を感じているような、気後れを感じているような、隣にいるオレにも心の内の切なさが伝わってくるようだった。


…そんなに追い詰まってたんだ…


オレはキミに対して、不用意な発言をしてしまったと後悔していた。


キミにうちの高野や永野を見せてやりたいよ。

アイツら全然平気で生きてるぜって。

なんにも考えてないぜって。

毎日、楽しそうだぜって。


オレなんてようやく初恋に辿り着いたってのに、たかだか高三まで彼氏がいなかったくらいで思い悩むことないのに。

オレはその方がずっといいと思うのに。

欠陥人間でもなんでもないのに。

どちらかって言ったら鈍すぎる感性を悩んだ方がいいのに。

オレはそんなことを頭で思っていた。


「もしかして…本当なの?」

花形が真実を確かめるかのように名前ちゃんの目を覗き込んだ。

名前ちゃんは苦しそうに目を左右に動かすと

「本当に本当なの」

と言った。

「…じゃあ、…じゃあって言ってできるお願いでもないんだけど、その…名前ちゃんが藤真のこと嫌でなかったら、時々こいつと遊んでやってくれないかな。
オレたちはそう言う訳でそうそう藤真ともいれないし。
藤真のことどうだろう…嫌かな?」

花形が首を傾げて、メガネの奥から不安げな上目遣いを名前ちゃんに向ける。

なんか…ゾッとする…。

名前ちゃんの未知の返答に対する不安のためか、花形の気持ち悪すぎる仕草のせいか…。

ドクン、オレの心臓が今日最大の拍動を打った。


「嫌じゃ…ないよ…」


名前ちゃんはゆっくりと口を開き、どこか不思議そうな響きを含みながらそう答えた。


それを聞いたオレたち四人は大きなため息を同時に吐いた。

安堵という名のため息をゆっくりと。


花形はふっと笑って口を開く。

「じゃあ、お願いしちゃってもいいかな。…伊藤、構わないんだろ?」

伊藤に再度確認することも忘れない。

「あ、はい。オレは本当に。藤真さんなら返って安心ていうか…」

なんていうかもじもじする伊藤。

「無理矢理押しつけようって訳じゃないんだけど、本当に良かったらなんだけど。こいつ、不器用だけど女子には優しいとこもあるから、全然気とか使わなくて大丈夫だから」

花形が最大級に親切そうな微笑みを名前ちゃんに送る。

「う、うん。あ、でも…私なんかでいいの?」

いつの間にかいつものニッコリを取り戻した名前ちゃんが、オレをチラリと見て言った。

ボンッ!

オレの顔が一瞬で真っ赤に染まる。

「…うん、うん、うん」

オレは首を三度縦に振った。

「この通りのヤツだから、優しくしてやってほしいな」

一志が目を細めて名前ちゃんに微笑む。

「う、うん。じゃあ、よろしくね、藤真くん」

一志に頷いた後、オレに向き直るとふふふと微笑みかける名前ちゃん。

「うん」

オレは大きく一度頷いた。

全身を血液が猛烈な勢いで駆けめぐって体のあちこちが痛いほどだった。

目からは涙が出そうだった。

そして名前ちゃんはそんなオレに

「お友達だね!」

と言った。

オレは固まったまま決して動かなかった。

多分全身の血液が一瞬で凝結したんだと思う。


うん、なんて絶対言えない!

今だけは言えない。

何があっても首は縦に振るなっ、オレは自分にそう言い聞かせた。


そして…、

そのレモン水、もう飲むのやめようか。

キミに甘さ控えめはいらないみたいよ…

そう声をかけたかった。
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