カルピスソーダ

□♯10
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オレは目を丸くして

「いいのに別に。
取りに行かせちゃって悪くなかったか?」

と伊藤に言った。

「いえ、今の感じじゃ部屋に入る気皆無だったんで…」

伊藤が小声で言って

「このまま扉を開けっ放しにして、オレたちは席について何かに興じてる振りしましょう」

と続けた。

なんだか花形が乗り移ったみたいなしゃべり方になってる。

「ナイスだぞ、伊藤」

花形が伊藤を褒めた。

そしてパパッとカードを配り、残りを中央におくと

「取り敢えず五枚ずつ持っとけ」

と言った。

「何でもいいから談笑しろ、伊藤と藤真は離れて!」

と小声で指示した。


何でもいいからって言ったって心臓バクバクで頭が働かん!


花形が澄ました顔で口を開く。

「今日の高野と永野、桃太郎を見送るおじいさんとおばあさんみたいだったな」

花形の言葉に一志と伊藤が大笑いした。

「藤真が桃太郎だろっ」

一志が喜んでるように言い、伊藤が

「ぴったりですね」

と言ってまた三人でクスクス笑っている。

「なんだよそれ」

オレが不快な声を出すと、

「上品にっ」

花形が咎めるように言って

「フフフフ、ハハハハ」

とオレたちは上品に笑った。



そこへ

「卓ちゃん、持ってきたよ」

と後ろから声がした。


どっきーん!!


笑うことに集中しすぎて不意打ち状態になってしまった。

伊藤がオレの横で座ったまま振り返り

「あ、こっち持って来てよ。今、手が放せないから」

名前ちゃんに声をかけた。

何ならオレが…って立ち上がってキミから荷物を受け取りたいところだけど、グッと我慢。


キミの足音が後ろから近づいてきてピタと止まった。


わあーーーー!!


心の中だけで声を出す。


頑張れオレ!!!



「どこに置くの?」

伊藤に聞いている。

伊藤が

「うーんあそこ」

と部屋の奥の机の上を指した。

伊藤の後ろをするりと通り抜る名前ちゃん。

膝の後ろ側がかわいい…

見とれるオレ。



「あー、オレの負けだな今回は」

突然花形が大げさに残念そうな声を出した。

あっけにとられていると

「じゃあ、今回も花形さんの負けってことで♪」

伊藤が合いの手を入れ花形が不服そうな顔を伊藤に向けた。

「次、ババ抜きしないか?」

一志が妙にはっきりとした声を出して言う。

「あ、いいな、そうしよう!」

そう言いながら花形がオレに目で合図をしている。


誘え!


そう言っている。


待、待て…

オ、オレ…


花形のまなざしがきつくなる。

伊藤と一志もオレを見ている。


その間にも名前ちゃんが荷物を机に置き伊藤の後ろをすり抜けようとする。


えーい!!


「良、良かったら一緒にやらない?」

オレは精一杯の笑顔を向けてキミに言った。


ピタッ。


キミの足が止まる。


「トランプ?」

歩いていたままの姿勢で、不意を打たれたようにキミの目が丸くなる。

「うん、ババ抜きだから」

どんな理由だか。

「いいの?」

伊藤のことをチラチラと見て確認している。

オレはニコニコと名前ちゃんに微笑み、伊藤に目で合図した。

伊藤がそれに気が付いて、

「あ、藤真さんがそう言ってるんだから、いいんじゃない」

上を向いて名前ちゃんにぎこちなさそうに言った。


「うん…」

名前ちゃんは遠慮しているのか伊藤の後ろに立ったまま迷っている風だった。


「じゃあ、座って!!」

一志がそう言ってオレを腕を掴んでグイッと引き寄せる。

向こうでは花形が伊藤を引き寄せて、オレと伊藤の間に一人分のスペースを作った。


「あ…じゃあ…」

そう言うと名前ちゃんはオレと伊藤の間にストンと座った。


………


やった、やった、やったーーー!!!

オレは嬉しくて天にも昇る心地になった。




イヤイヤ、待て!

この段階では迂闊に喜んでいられないんだった。

確か、更なる楽しさと安心をキミに…だったはずだ。


花形がカードをささっと集めてザッと切り、パパッと配った。

その手際の良さに感心する。


やっぱり詐欺師っぽい。

そう思ったのはオレだけじゃないはずだ。


オレは自分の手札に目を通す。

ペアのカードを除いていった。

オレはその作業を比較的早く済ませた。

名前ちゃんの方をチラリと見る。

こういうときは正面の方が見やすいな…なんて思いながら。


名前ちゃんもすでにペアのカードを捨てきったようだった。

自分のカードをじっと見つめ配置換えをしようとしている。


その動作にオレはピンと来た。

ババを持っているのは名前ちゃんだって。

左手に持った手札の上を右手が左右に移動する。

何かを迷っている…そんな目つきだ。


じっと見ていたら、ふっと視線を上げてきた。

オレと目が合った。

ボンッ、オレの顔が真っ赤になる。


名前ちゃんが、ん?という顔でオレの目を覗き込む。

そして、いたずらっぽい目をして手札を隠すような仕草をした。









「…じま、藤真、藤真!」

…オレを呼ぶ声がする。

「じゃんけんするぞ!」

「あ、ああ…」

いかん、つい意識が…。


だって夢のようなんだ。

キミが隣にいるなんて。

一緒にトランプするなんて。

キミがオレにいたずらな視線を送るなんて…。
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