カルピスソーダ

□♯9
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「じゃ、今から四人で楽しく遊ぶことにしよう」

そのセリフが最も似合わない男が似合わない顔で言った。


「ククッ…」

オレたちは苦笑する。

頬を赤らめた花形が

「オレだって言いたくて言ってるんじゃない」

髪の毛を乱して言った。


そしてメガネを人差し指でクイとあげ、腕を組むと

「ターゲットをおびき寄せるんだ」

とオレを見てゆっくりと言った。


メガネの奥の瞳を光らせ、

「いいか、今から楽しそうにするんだ。そして時々階下にも聞こえるような笑い声を出す。
その時に大事なのは、あくまで上品な笑い、ということだ。
品が悪くては絶対寄って来ないからな。
ターゲットがつい顔をほころばせてしまうような雰囲気を作る、それを笑いに乗せて届けるんだ。いいか?」

そう言って花形が確認するようにオレたちを見渡す。


一志と伊藤は大まじめな顔で頷いている。


オレは…、

オレが口を開く。

「さっきからターゲットって…。
名前があるだろ名前が、名前っていう…」

オレがそう言いかけると、

「バカ!」

一志がオレの口を塞ぎ小声で罵った。

「名前は出しちゃいかん!」

小声で咎める。

「藤真。オレたちがこんなところで彼女の噂話をしてると知れてみろ、いい印象なんか持つ訳ないだろう。あくまで、全然関係ないところで楽しんでます、を装うんだ。分かるか?」

オレが首を大きく縦に振って頷くと、やっとオレの口から手を離した。


花形がそんなオレをじっと見て口を開く。

「まさか説明が必要とは思わなかったが…おまえは恋愛に関してこと幼稚だから念のため言っておくことにする。
いくら弟の部屋と言ったって、年頃を迎えた男女の兄弟だ、そう簡単には入ってこんだろう。
今日は訳が違うと言ったって、だ。
今のままでは、彼女がお茶をせっかく持ってきたとしてもそのまま踵を返してしまうだろう。
だからこそ入りやすい雰囲気づくりと誘いやすい環境作りが必要なんだ。
いいか、いくらオレたちが伊藤の知り合いで、伊藤もいて面識もあって不審はないと知っていても、こんな男所帯にやすやす飛び込んで来る訳ない。
彼女からしたらおまえだって大男なんだ。そんなのが三人も来てるんだぞ。
彼女がこの部屋の敷居を跨ぐには障害がいくつもあるってことが分かるだろう、しかもあまり男子に免疫のないタイプときている。
その障害を一つ一つ取り除いてくことが大事なんだ。

まず楽しそうと思わせる、その次にちょっと覗いてみたいなと思わせる、そして安心そうだと思わせる、更に大丈夫だなと思わせる、そうなったとき初めて“おいでおいで”に乗ってくるんだ。
入ってきてもまだ警戒を緩めてはいないぞ。
少しだけ…と思っているはずだからだ。そこでさらなる楽しさと安心を与える。もうちょっとだけ…もうちょっとだけ…そう思っているうちにいつの間にかそんなことも忘れてオレたちと…否、おまえと仲良しになってる、いいな!

オレたちがこれだけ協力してるんだ、結果出せよ。
今回は結果がすべてだ!

なぜここまで説明せねばならん。
まるでオレが詐欺師みたいだろうが。

ついでだからもう一つだけ言っておく。
まあ、藤真は心配のないタイプだとは思うが…
母親の安心 イコール 彼女の安心と心得るんだな。
今もまずはこの家の母親を安心させることが第一目的だ。オレたちはある程度まではクリアしていると思われるが。
母親が十二分に安心してこそ“お茶でも運んで差し上げて”という指令が下るんだ。分かるな」

オレはただただ、コクリ、コクリと頷いていた。

「いいか、飽く迄オレたちは紳士的且つ品が良くてはならん!卑猥なギャグは一切禁止!」

オレは再びコクリと大きく頷いた。


一志がそんなオレをじーっと見つめて言う。

「オレたちは大丈夫だけど、藤真は大丈夫かな?我を忘れるからな…抱きついたりするなよ」


苦笑してくれるならまだしもまじめに言われると…。


「最悪オレに抱きついてください…」

伊藤が意を決したように言った。


「待て、オレってそんなにアホか?」

オレはどうもヤツらの態度が腑に落ちなくて確かめるように聞いた。

そんなはずある訳ない、そう思っているオレに無慈悲な反応が…。


「あぁ…」


三人とも深いため息を吐いて俯いた。


「…」


「おまえはおまえのペースで成長するしかなかろう…」

花形がため息混じりの声を出した。






「では手始めにトランプを始めよう。
これは手軽に盛り上がれる上に大して仲のいい者同士じゃなくてもルールさえ知っていれば結構楽しく遊べるという利点も兼ね備えている。更に一回一回のゲーム時間を短くコントロールできる。
まずはトランプだ、トランプ以外にない。
伊藤、手元にはウノも用意しておけよ。

…なるほど。おまえの部屋には“ダブリューアイアイ”もあるんだな、気が利いてるじゃないか」

ほぉ…と仕切りに感心する花形にトランプを渡しながら、

「昨日、リビングから運んでおいたんです」

と伊藤が嬉しそうにした。



オレたちは部屋の真ん中に円陣に座った。

花形の指示により入り口に近いところに伊藤とオレが座ることになった。

「彼女の位置は伊藤と藤真の間。入りやすいように少し感覚を開けておけ」

オレたちは指示通りに座り、その後それぞれの立ち位置からオレの隣に一志、伊藤の隣に花形が座った。


花形がトランプを器用な手つきで切りながら、

「まずは七並べをする」

と言ってカードを分け始めた。

「まずはババ抜きからじゃないのか?」

トランプに定番て言ったらババ抜きだし、バスケ部の合宿でだって修学旅行の時だってまずはババ抜きだったぞ、と思ってオレが言うと、花形が小さなため息を吐いて甘いな…と言った。

「ババ抜きは彼女が来てからだ。
彼女が来たら“ババ抜きでもするか”ってさりげなく言うんだ、その役は一志に頼もう。
トランプはあまりやらない人間でも、ババ抜きに誘うとその時だけ入ってきたりするだろう。ババ抜きとはそういう不思議な魅力があるゲームなんだ。
それにババ抜きは隣席の者との心理的攻防が繰り広げられるからな、ババ抜きをするとお互いの距離感が縮まるし、相手の目をはばかることなくじっと見つめられる。
おまえ、彼女とババ抜きがしたいだろう?」


「したい…」

ゴクリと唾を飲み込む。

その時を夢見てオレは頭がぽーっとなった。


花形はそんなオレに、

「七並べは結構盛り上がるぞ。うちの人間は七並べとなると目の色を変えてくるくらいだからな。
一ゲームの時間はかかるが彼女は今しばらく来ないと考えて、まずは七並べで和気藹々と楽しもう」

と言った。



オレは自分に配られたカードを手に取った。

言っとくけどオレはトランプは結構強いんだぜ!

手札を確認して…。


…あれ?


「おい、ジョーカー入ってるぞ。気をつけろよっ」

オレは怪訝な顔をして花形を見た。

「藤真、知らないのか?
今時の七並べはジョーカーを一枚入れるんだぞ」

「そうなのか?」

オレが見回すと一志と伊藤が頷いている。

「ジョーカーはオールマイティーなカードで、自分の手札にないカードの代わりとして使える。七並べではよく“止める”という行為が行われるだろう。ジョーカーがなければそのまま指をくわえてパスを繰り返しパス切れでリタイアも有り得るが、ジョーカーはそれをくい止めることが出来る。ジョーカーを出された場合その場所のカードは必ずジョーカーと交換しなければならないというルールがあるし、どんなに早く上がっても手元にジョーカーが残ってしまった場合は負けが決定だ。
要するにジョーカーの使いどころも勝負の一つだ。
分かったか?」

「なるほど…」

これは面白い…。

ゲームメイクって言ったらオレの得意技だろうが。

負けるかよ、ははっ!


「一つ言っておくが、ジョーカーを誰が持っているか分からないと言うのもこのゲームの面白さなんだからな。ジョーカーを持ちつつ戦略的パスをするってのも有りだからだ。次からは気をつけろよ」

「…分かった」
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