カルピスソーダ

□♯8
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用意された食事を早々に食べ終えると“お父さん”は出かけていった。

「ゆっくりしていってください」

とオレたちに声をかけてくれて。


“お母さん”が出してくれたお昼ご飯は、夏と言ったら定番の冷やし中華だったけれど、ウチのには乗っていないものがドドンと乗っていた。

言うなれば、

豪華冷やし中華?

冷やし中華デラックス?

豪華冷やし中華デラックス!?

まあ、そんな感じだった。

冷やし中華という庶民の食べ物の代表みたいな料理でも、ところ変わればこんなに違う食べ物になるんだ、みたいな…オレはそう感じたね。

いや、ウチの母親の冷やし中華がイケナイって言ってるんじゃないんだぜ。

ウチにはウチの味があるんだし?

ウチだってお客さんに出す冷やし中華は少しは豪華かもしれないんだし。


そういうオレんちもどちらかっていうと裕福な部類に入る方だと思うんだけど。



伊藤の家では器から違ってて、

これって冷やし中華に使っていいんですか?

って聞きたくなるような、箸をカチャとも当てちゃいけない気さえするものだった。

一言で言えば、冷やし中華がより冷えて見える皿、だった。

そうなってくると、一緒に出された麦茶までやたら美味しく感じてくる。

金持ちの家は水から違うのかもしれないし、もしかしたら麦も違うのかもしれない。


そして最後にはオレの大好きな杏仁豆腐まで出てきて、オレたちはまさに至福の時を迎えていた。

花形も一志もこれまで見たことないほどニコニコしていた。


「ごちそうさまです。すごく美味しかったです!」

オレが“お母さんに”言うと

「おばさん、腕奮っちゃったから♪」

と飾ることなく言って喜んでくれた。

「いつもはこんなに豪華じゃないですよ」

と伊藤がオレたちにコソッと言うと

「こらっ」

と笑った。

そして、

「杏仁豆腐は名前ちゃんが作ったのよ、水で溶いただけだけどね」

とオレの方をチラッと見て言った。


「杏仁豆腐って水で溶く以外の作り方あるの?」

名前ちゃんがとぼけた発言をしてみんなを笑わせた。



「じゃあ、オレの部屋に行きましょうか」

と伊藤が声をかけてオレたちは移動することになった。

オレたちが席を立つと、

「後でお茶をお持ちしますね」

“お母さん”がニコッと笑いかけた。


オレが名前ちゃんの姿を確認するように見ると、ちょうど麦茶を飲み干しているところだった。

オレは飲み込む動作を続ける喉に目を奪われ、そして名前ちゃんの手に包まれ口づけられているあのコップになりたいと心から思った。






二階にある伊藤の部屋に辿り着くとオレは床に倒れ込んだ。


意識を失ったんじゃない。

勢いよく寝転がったというか。

そして深呼吸を何度もした。


「大丈夫か、藤真?」

一志がオレの頭のそばに屈んで声をかける。 

オレは目を閉じたまま頷いて

「なんとかな…」

と答えた。

花形が一志の隣に座って、

「しかし、一時間もたたないうちにとんでもない試練の連続だったな」

腕を組んで目を閉じ、ふふっと思い出し笑いをした。

オレは目を開けて花形を見て言った。

「なんだよ、気持ちわりィなあ」

そう言われた花形は笑いを止めるどころか吹き出した。

「悪い悪い。ただ…、ここへ来てからのおまえの有様があまりにも面白くって…ククッ」

そう言って腹を抱えて笑い出した。

一志と遠慮がちにしていた伊藤まで一緒になって笑い出す。

始めは声を殺すようにしていたが、最終的には憚ることなく大笑いし涙目になった。


全然、おかしくない!!


最初はそう思っていたオレも、結局は笑いの渦に巻き込まれ苦笑いした。



「お婿に来たいって言いましたよね!」

「お父さんて言ったし!」

「オレは一番最初、玄関に名前ちゃんが現れたときの藤真の顔が忘れられない!」

「それを言うなら、名前ちゃんが泣き出したときの…」

「確かにアレも傑作だったな!」

「麦茶を飲む姿をいやらしー目付きで追ってたしな!」

「オレも見たぜ!
コップにでもなりたかったんじゃないか!?」


アハハハハハハ!!



もういい、散々笑ってろ!!

高野と永野がいなくても十分酷いっ!

賢い分だけ質が悪い!


フンッ!!

オレはそう言ってくるりと反対側に寝返っだ。


そこで初めてヤツらが…

「あ、藤真が…!」

「冗談だって!
悪かったよ。機嫌直せ」

「すみませんっ!
藤真さん、戻ってきてくださいー!」


そんなんじゃオレの気は収まらないな。

「おまえらが人を笑いものにするからだ!」

「悪かった!!
しないから、もうしないから!」

「今日はまだ長いんだから機嫌直せ、頼む!」

「カルピスソーダ運ばせますから!
姉に!!」


オレはくるりと向き直って、

「よーし機嫌を直してやる♪」

と言った。


名前ちゃん早く来ないかな…。




機嫌を直したオレに一志が顔を近づけた。

「それでどうだった。久しぶりの初恋の相手は?」

そうこっそりと言われたオレはポッと顔が赤くなる。

「まあ…かわいかった…よ!?」

ポリポリと頬を掻きながら答える。

今度は花形がぐっと顔を近づけてきて

「じゃあ、おまえとしてはこのまま突き進む所存なんだな?」

ニッとしていつもよりかなりご機嫌な様子でこっそり言った。

オレはニッと笑い返して

「当たり前だ」

と返した。

何かの順番でも回ってきたかのように伊藤が張り切る。

「じゃあ、このまま計画を進めていいんですね?」

目を丸く見開いてそう小声で言った。

「計画?」

んん!?

オレは伊藤を見遣る。

伊藤が更に大きく目を見開いて

「オレんちに来るって言ったじゃないですか!?
オレ、勉強見てもらうとか、バスケのコーチしてもらうとか、花火やるとかあることないこといっぱい言っちゃいましたよ!」

さっきまでのトーンに合わせてか、小声のままオレに詰め寄ってくる。

オレはすっかり舞い上がって、つい伊藤に頭を下げたことを忘れていた。

オレも小声で応戦する。

「覚えてるよ、覚えてるって!
計画なんて言うからだろっ。
計画なんて罠に嵌めるみたいで聞こえが悪いだろうが。
“名前ちゃん作戦”て言えよ。
そしたらすぐ分かるんだから!」

聞いてた花形が

「作戦て、古っ。
十分戦略的だし。
ミッションとか言えよ」

メガネをずり上げて小声で言った。


一志がクスッと笑って、

「良かったな、藤真」

と言った。

そして

「伊藤に礼言えよ」

と微笑んだ。


…オレは伊藤に向き直り

「本っ当にありがと、恩にきる」

と言った。


「もう一回だな」

花形がメガネを光らせて言った。

伊藤が慌てた様子で

「オレはそんなっ」

と言ったが花形は

「いや、今のは上からな感じがもろに出ててよろしくない」

そう言って取り合わない。


オレはブスッとしながらも

「本当に本当にありがとうございます、これからもよろしくお願いします!」

と言って土下座した。
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