カルピスソーダ
□♯8
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「 …いやあ、素晴らしいよ。
素晴らしい仲間に恵まれているね、君たちは。
素晴らしい友情だ、おじさんも若い頃を思い出すなぁ…。
勝負は時の運が大きく左右する。特に学生の試合ではそれが実に大きな作用を及ぼすものだ。
今回のことはそう思いなさい。
結果がすべてであって、しかしそうでないこともある。
藤真くん、君は素晴らしい青年だ、おじさんはそう思う。
君の周りの子達も全くそうだ。
卓がこんなに恵まれた環境にいるなんて…
どうかこれからも仲良くしてやってください…」
“お父さん”はいつの間にか腕で目の辺りを拭いていた。
自分のこと“おじさん”なんて言って、全然似合わないのに…。
オレたちのことを一生懸命褒めてくれて認めてくれて、しかも欲しかった言葉を惜しげなくくれた“お父さん”。
息子思いのいい父親なんだ。
オレはますます名前ちゃんが好きになった、………伊藤も。
と思っていたら、隅の方に座っていた伊藤が“お父さん”と同じようにして泣いていた。
似たもの親子なんだな。
思わず微笑ましくなる。
「うっ、うっ…うう…。
すごい…感動しちゃった…。
卓ちゃん、羨ましい…」
!?
声のする方を見遣ると、っていうかオレの足下?!
名前ちゃんが両手で目を押さえながら肩を震わせていた。
いつの間にいたの!?
オレは思わず花形の方に後ずさる。
肩を抱き寄せて、よしよしってしてあげたいけど、オレは全身硬直状態で目さえ動かせない。
しかも顔面は容赦なく真っ赤になる。
こんな姿、お父さんに見られたら、あっ…“お父さん”に見られた絶対にマズイ、追い出されるかもーー!!
「こらこら」
お父さんがオレと名前ちゃんの方を見て言った。
や、やっぱり…!?
「名前、お客さんが困っているだろう。なんだ、泣いたりして」
え??
オレの記憶が正しければ、確か“お父さん”が最初に泣き始めたような…。
「そうだよ!泣いたりしたら顔面が崩れるだろ!」
伊藤、おまえは何言ってんだっ!
「う、嬉しいよな、藤真!
オ、オレたちの話に感動してくれて、感激だよな、藤真!」
花形が引きつった声を出す。
「あ、ああ…。
オ、オレたちって言うより、お父さんのお話に感動したんでしょう。
オレも胸打たれましたもん、ハハハ」
どうだ!こんなもんで!!
苦し紛れながらも必死であっちにもこっちにもフォロー入れたぞ!!!
「「「…お父さん???…」」」
花形と一志、そして“お父さん”の声が重なった。
「藤真、お父さんは…」
「お父さんなんて言ったら…」
「おじさんて遠慮なく呼んでくれていいのに、おじさんなんだから」
それぞれに言葉を続ける三人。
「えっ?えっ!?
だって伊藤のお父さんだろ!
だから…」
「だからってお父さんはちょっと…」
「うーん…」
「ハハハ!
いや、結構結構!
君は年上にかわいがられる素質も備えているようだね。
急にまんざらでもないような気がしてきた。
名前とは同い年なんだし、君たちが私の息子にならんとも限らんからな!」
アハハハハ、アハハハハ、アハハハハハハ!
高笑いをする“お父さん”。
その時、
「お父さん!
変なこと言わないで!!」
ご機嫌な高笑いを貫いて名前ちゃんの悲鳴のような声が部屋に響いた。
立ち上がり握りしめた拳をぷるぷると震わせている。
「…」
オレたちは全員無言になった。
オレなんか心音まで停止したかと思った。
「なんだ急に、冗談に決まっているだろう」
「そうだよ、そんな大声出して。
藤真さんに謝りなよ!」
やめてくれ、伊藤…
「…だって、
そんなことおもしろおかしいのはウチの人たちだけでしょう、…お父さんと卓ちゃんだけだよ。
藤真さん達はそんなこと言われても困るだけなの!ちっともおかしくないの!
微妙な空気が流れるだけなの!!」
名前ちゃんの真剣な声。
怒鳴るでもなく罵るでもなく、一生懸命に話してる、そんな声だった。
「…すまんすまん。
名前や皆さんの気持ちも考えないで迂闊なことを言ったようだ。
これだから年を取ると…。
デリカシーがなくなってしまって、…娘に疎まれる訳です」
怒られた子どものように見るからにしょぼんとする“お父さん”。
「…別にそう言うんじゃ…」
名前ちゃんが俯いて申し訳なさそうにした。
気まずい沈黙を貫いて、花形が口を開いた。
「オレたちは気にしませんけど…
そう言って貰えるのはオレたちを認めてくださったって受けとれますし。
でも、年頃のお嬢さんには気になることなのかもしれませんね。
オレにも女兄弟が…妹がいるんでなんとなく分かります。
父がいつまでも子ども扱いして、そのくせ“アイツなら結婚相手に…”なんて言ったりするんです。
中学に上がった頃から妹がそれをすごく疎ましく感じるようになったみたいで。
ウチなんて毎度大ゲンカですよ。
いつか妹が本物の結婚相手連れてくるまでその繰り返しなんじゃないかな」
そう言ってハハハと笑った。
オレと一志も続いてハハハ!ハハハ!と笑った。
「お父さんが構い過ぎなんですよ」
背後からフッと湧いたように“お母さん”が入ってきた。
「名前も年頃なんですから、いい加減にしてくださいっていつも言ってるのに。
せっかく卓だけじゃなくて名前も仲良くしてもらってるんですから、変なこと言ってぶち壊したら私も恨みますよ。
特に藤真くんは卓の勉強の面倒を見てもらう予定もあるんですから、気まずい思いをさせて来ていただけなくなったら“あなたのせい”ですからね!名前はそれも心配してるんです。
これからはもうちょっと考えてから発言してください」
口調は至って上品だが妙な迫力がある。
声にドスは利いてないものの心には十分それが利いてくる…。
“お父さん”はじっと黙って一言も言い返さない。
…オレ、この沈黙耐えられない…!!
「あの…。
いえ…、いえ!
元は、と言えばオレがお父さんなんて言ったのがいけなかったんです。それが元凶です。すいませんっ!
名前ちゃんもごめんね、オレ、全然気にしてないから、むしろ嬉しいから、キミん家ならお婿に来ても良いくらいだから!」
オレは夢中で謝った。
とにかくこの空気を何とかしたかった。
「藤真!?
だ、黙れ!!」
「それはちょっと!言い過ぎだっ!」
「ふ、藤真さん…!」
花形がオレの口を後ろから思い切り塞いだが、それはオレがすっかり言い切ってしまった後だった。
口を塞がれたオレは体が半分仰け反った。
天井を仰ぎ目が丸くなる。
部屋に沈黙が流れ、金魚の水槽のエアーポンプの音だけがやたら耳に響いてくる。
「ぷっ、ハハハハハハハ!」
「まあ、ホホホホホホ…♪」
“お父さん”と“お母さん”が吹き出した。
名前ちゃんが目を丸くしてオレを見つめている。
オレの瞳を穴が開くほど見つめた後で、
「ふふふ…!」
いきなり吹き出した。
そして、
「どうもありがとう」
と顔を赤らめ上目遣いに言った。
見つめられたオレの目が火を吹きそうになる。
顔面はもちろん真っ赤で、心拍数も半端ないほどに上昇。
息が詰まって意識が飛びそうだった。
「…花形、花形!
藤真が苦しがってるぞ!
手を離せ!!」
一志のその声で花形が慌ててオレの口から手を離した。
花形のヤツ、オレの鼻まで塞いでいた。
殺す気か!?
「藤真くんて、冗談で人を笑わせるのが上手なんだね」
ふふふ♪
笑いながら名前ちゃんがそう言った。
オレは目が“・”になった、心も頭も“・”だらけになった。
お母さんがフッと笑って
「お食事にしましょう♪」
と言った。
そして後ろを向いて、ふふふふふとまた笑った。