カルピスソーダ
□♯6
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翌日、放課後練習の休憩時間。
体育館の隅で休憩をとるオレたちのところに高野が伊藤を呼びつけた。
「で、どうだった?」
直立している伊藤を目の前に座らせて永野が顔を近づける。
「なにがですか?」
伊藤が一歩後退って言った。
「もったいつけるなよ。名前ちゃん、なんて言ってた?」
「あ…昨日は会いませんでしたけど…」
「会いませんでしたっておまえ…あの後どこ行ってたんだよ!」
「まっすぐ家に帰りましたけど…」
「それでなんで会わないんだよ!」
「オレ、夕飯食べて帰ったから…。
定期テスト前で姉も部屋にこもりっきりですし…」
「部屋を訪ねろっ」
「そ、そんなことしたら何事かって思われますよ。食事時以外は普段とくにしゃべらないですから」
「なんでもっと姉弟愛を育んでおかないんだ!」
「そんなこと言われたって…」
「…今晩はなんとか機会を作れよ」
「…。あの、オレ思ったんですけど、そういうのって親の前じゃ聞きづらいし話しづらいですよね。
リビングに親がいなくて姉貴と二人きりってなかなかないんですけど。
特に今はテスト前であっちはそんな状態ですし、来週になればオレたちだってそうでしょ」
「…まあな」
「とにかく機会は探しますけど…。
ただ…」
「ただ?」
「あ、はい。あの後…ラーメン屋で先輩たちと会って一緒に食事した後、楽しかったって言ってたからそうだったんじゃないかと思って…。
それにあのラーメン屋にまた行きたいって言ってたし…」
「なんでそれをもっと早く言わないんだ!」
「そんなこと言ったって…」
永野と伊藤の遣り取りが一段落したのを見計らって、
「なるほどな」
と花形が人差し指でメガネを押さえて言った。
「名前ちゃんのオレたちに対する好感度はかなり高いようだな。
伊藤のこれまでの発言に寄るところも大きいだろう、こればかりは感謝せんとならんな。
同様に藤真に対する好感度も悪くないと考えて、この先のことは藤真の頑張り次第だ。
しかしこれではどう考えても埒が明かない。
だからといって伊藤にこれ以上プレッシャーをかけても伊藤の迷惑にしかならない。
そこでだ、オレたちの定期テストが終わったら伊藤の家にお邪魔させてもらうというのはどうだ」
「え??」
伊藤が目を丸くする。
「迷惑なのか?」
永野が伊藤をギラリと見る。
「いえ、違…、びっくりしただけです…。
全然、全然、来てください!」
伊藤は首を大きく横に振ったり縦に振ったりして大忙しだ。
「緊張しなくていいぞ、伊藤」
一志が伊藤に静かに声を掛ける。
そう言われた伊藤はゆっくりと息を吐き、少し肩の力が抜けたように見えた。
その様子を横目で見ていた花形が言葉を続ける。
「大事なのは名前ちゃんが家にいる日ということだ。平日なら確実にいるだろうがオレたちの生活リズムで人のうちに平日上がり込むのは無理だし非常識すぎる。
必然的に土日か夏休みということになるが、オレたちの練習が午前で名前ちゃんが午後在宅している日ということになる。
どうだろう、可能性はあるか?」
花形が伊藤に向き直って言った。
「多分。
基本的には家にいると思います、友達と映画に行くとか買い物に行くとかいう約束がなければ…」
伊藤は握った両手を正座した膝の上に置き、視線は斜め前の床に置いて少し考えながら言った。
「さすがだな…お嬢様学校は」
永野が遠くを仰いで呟いた。
「たんにうちの姉が出不精なんだと思いますけど…」
伊藤がそんな永野をチラリと見て言った。
花形が一つ大きく頷いて
「じゃあ、日時は伊藤に任せるから活動予定表を見てセッティングしてくれ。
出来ればお家の方にも“先輩たちを呼びたい”とか“いついつ来れるらしい”とかそれとなく名前ちゃんのいるところで話すんだ。
もしその話しに食いついてきたら遠慮なく誘うんだそ。
それから五人でいきなり伺うのは迷惑だから、この中から三人に絞る。
と言っても藤真は絶対だから残りの四人から二人が藤真に付き添っていく。
万が一、五人一緒にと名前ちゃんやご両親が言ってきたとしても三人だけで行く。またの機会を作りやすくなるし、いくら息子の知り合いと言えども休みの日に五人も来訪があるのは結構大変なことだ。
…藤真はそのうち一人でも伊藤のところに行けるような関係作っておけよ。オレたちが協力できるのも限度があるからな」
花形がそう言うと伊藤がオレの方をじっと見た。
「伊藤、藤真は結構頭がいいから勉強教えてもらうとかなんだかんだ理由つけて呼んでやってくれ」
一志が伊藤に向かってそう言った。
「まあ、勉強なら花形の方が…」
高野がニヤリとする。
「それを言ったら何も始まらんだろうが」
永野がハハハと笑いながら高野に突っ込んだ。
「伊藤、よろしく頼む」
オレはぺこりと伊藤に頭を下げた。
本来、オレは人に頭を下げるなんてゴメンな質だが、名前ちゃんのためならどんなヤツにだって頭を下げる覚悟だ。
「あ、いえ、あの…。オレこそお願いします…」
伊藤が慌てた様子で頭を下げた。
「近づきのしるしだ」
オレはそう言ってオレ専用クーラーボックスからペットボトルのカルピスソーダを出して伊藤にやった。
伊藤は初め、白い液体の入ったそのペットボトルを不思議そうに眺めていたが、カルピスソーダだと分かると表情をパッと明るくした。
「遠慮なくいただきます。
それじゃあ…」
そう言って伊藤は俺たちに背中を向けた。
「伊藤ってオレのこと苦手なのか?」
オレは去っていく伊藤の背中を見てボソッと言った。
「違うだろ」
一志がそう言ってオレに笑いかけた。
「面食らってるんだよ、藤真が急に近い存在になって。
ポジション一緒でも伊藤にとっては先輩って言うより監督なんだろ、おまえは。
それに憧れてるからこそ緊張もするし話しかけづらいんだ。
伊藤だけじゃないぞ、藤真は翔陽のスターだからな。
オレたちからしたって藤真は特別な存在だ」
「一志…!!」
オレは一志の友情に心打たれた。
「うわっ!離れろ、藤真!」
「何やってんだ?」
「やっぱ最近、男が好きなんじゃねえの?藤真」
何言われたってオレはコイツらが大好きだ!!