カルピスソーダ

□♯5
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いつものラーメン屋のいつもの位置。

花形、オレ、一志の順で奥に座り、

永野、伊藤、高野の順で向かいに座る。


「あの…オレ、なんかしましたか…?」

伊藤がおどおどした目でオレたちをチラチラと見る。

さながら捕らえられた宇宙人のようだ。


「いや、そういうことじゃないんだ…」

花形がメガネに人指し指を当てて切り出す。

「驚かないで聞いて欲しいんだが…」




「えええーーーーー?!」

「静かにしろ!驚くなって言っただろ」

これでもかって程の声を上げて驚く伊藤を、両サイドの高野と永野が押さえ込む。

「マジですか?冗談じゃないんですかあ?」

伊藤がグリグリに目を見開いて何かを確認するような目でオレを見る。

「マジだ」

オレは真っ直ぐに伊藤を見遣った。

「冗談でもないんですね?」

「本気だ」

オレは伊藤から目を逸らさずに言った。

「分かりました…」

伊藤はどこかまだ半信半疑のような顔だった。

からかわれてると思っているのかもしれない。


伊藤の返答を聞いて花形が再度切り出す。

「それで、これから藤真がおまえのお姉さんに多少お近づきになるような事態が起きても、おまえは納得出来るか?」

「え?」

意味を計りかねているといった表情をする伊藤。

「だから、そっくりそのままの意味だよ。最終的には藤真がおまえのアニキになってもいいか?ってこと」

焦れったい…といった表情で永野が伊藤に迫る。

「待て!オレはまだそこまでは!!」

オレが止めに入ると

「そうじゃなかったらなんなんだよ。おまえ、遊びなのか?」

高野がオレをギラリと睨む。

「ち、違う、本気だ!」

オレは机をバンと叩いた。

「藤真がおまえのお兄さんになるとかいう話はまだ数年以上先の話しだろうけど、藤真が本気なのは確かだ。
伊藤、どうだ?藤真のこと認めてやれないかな?」

一志が伊藤に優しく問いかける。

「あの…」

伊藤が目を泳がせる。

「おまえも知ってるだろ、ここのところ藤真が変だったの。名前ちゃんへの恋心がそうさせてんだよ。
納得してくれよ、じゃないとバスケ部の存続自体が危うくなる。そんなことになったらおまえのせいだぞ、伊藤」

永野が伊藤の肩に腕を回し顔を近づけた。

「そんな…」

「なんだよ、藤真に文句でもあんのかよ」

今度は高野が伊藤の顔を覗き込む。

「まあ待て。伊藤にだって思うところがあるだろう。話してくれないか」

花形が穏やかな声で言った。

「…あの、オレは別に姉さえよければいいですけど…」

伊藤が一旦言葉を切り目を瞬かせる。

「けど?」

と一志。

「姉って中学から聖アンナに通ってますし、オレんちって結構厳しい家で。
オレと違って部活もやってない姉は毎日学校と家の往復しかしてないような生活なんです。友達と遊んだり寄り道したりとか多少の放課後の楽しみはあるでしょうけど…」

「で?」

今度は高野。

「だからオトコに免疫ないし、実際藤真さんと付き合ったとして、藤真さんが満足できる相手とは思えないんですけど…
気は利かないし、色気はないし、な〜んにもできないし」

「…」

「それでも良いならお構いなくっていうか。

オレは別に、繰り返しになりますけど、姉が藤真さんがいいって言うならそれでいいですけど。
無理強いとかじゃなければ是非お願いします」

ペコリ、伊藤が頭を下げた。


「で、どうする?藤真」

花形がオレに振り返って言った。

「オレは…」

オレは…

「てか、それってオレ向きじゃねえ?名前ちゃんとオレならピッタリだと思うけど?」

高野が肘を付き親指で自分を指す。

「なに言っちゃってんだよ!それをいうならオレだろ!オレにピッタリだ」

永野がズイと出る。

「えっ?!高野さんと永野さんは…」

遠慮がちな態度は崩さないものの、伊藤が二人に割って入った。

「じゃあ、誰ならいいって言うんだよ?」

高野と永野が声を合わせた。

「え?」

伊藤が目を丸くし、体を退いた。

「藤真もダメ、オレたちもダメなら誰ならいいんだよ!」

高野が伊藤の顔を自分に向けさせた。

「え…言うんですか…?」

「言えよ」

今度は永野が伊藤の顔を自分に向けさせる。

二人とも明らかにギラついている。

困った顔をしながらも伊藤が口を開いた。

「えと、第一希望は長谷川さんで…」

「で?」

「次が花形さん…かな」

そう言ってふっと笑う伊藤。


「…おまえ!自分に都合のいいヤツ選んでないか?」

「アイツらはもう売約済みなの、おまえんちにゃ行けねえの!ふざけてんのか!」

頭に血を上らせる高野と永野の向かいで、悦に入ったような笑いを浮かべるオレの両サイド。

「おい、オレはどうなってんだよ。オレは伊藤にダメなんて言われてないそ!おい、伊藤!!」

なんなんだ、一体!!


「待て。今は藤真の話だ」

花形が堪えられない笑みを零しながら言った。

そしてオレは、

「伊藤。おまえがオレをどういう男だと思っているかオレには分からないが、オレは別にそんな派手な人間じゃない。
モテすぎるというだけで、オレが遊び人な訳でもない。

俺自身、誰かを好きになるとか愛おしく思うとか、こういう気持ちを待ったのは生まれてこの方初めてなんだ。
だから、おまえのお姉さんに対する気持ちの純粋さは誰にも負けないし、絶対絶対大事にする。
もちろん妙な手出しもしない、っていうか出せない」

オレは今のオレの気持ちを一生懸命に伊藤に伝えた。


「伊藤、どうだ?」

一志が伊藤に答えを促した。

「…はい、なんとなく分かりました。
姉のこと、傷つけないでやってくださいね。
まあオレは本当に、姉さえ良ければそれでいいんです。

…それと一つお願いがあるんですけど…」

「なんだ?」

オレは伊藤に、将来の弟に穏やかな目を向けた。

「…もう、姉と間違ってオレに抱きつくとか…今後はやめて下さい」

普段、遠慮がちな伊藤がそれを崩しジトッとした目でオレを見て言った。


一瞬の間の後、大爆笑が起こった。

オレと伊藤を除いて…。

「てめえ、今ここで持ち出す話題かよっ!」

「あの後、変な目で見られて嫌な思いしたんですから、オレ」

「オレだって一生の不覚だっ」

「ボーッと赤くなりながら抱きついてきたのはどこの誰ですか、恐怖すら覚えましたよ」

「悪かったって言っただろ!」

「とにかく今後一切ナシでお願いします。変な噂たったら藤真さんのせいですからね」

「…。分ーかった!分かったよ!」

いつになく強気でものを言う伊藤。

オレはクシャリと前髪を描き上げた。



「ところで、ここからが本題だ」

花形が真面目な声を出した。

「伊藤、藤真とおまえのお姉さん…名前ちゃんの間にまったくと言っていいほど接点がないのはおまえにも容易に想像がつくだろう?」

伊藤が少し考えたような顔をした後

「はい…」

と頷く。


「おまえの協力なしにはこの恋は成就しないと思われる」

「…」

「それで申し訳ないんだが、藤真に少し協力してやってくれないか?」

「そうすれば藤真がおまえに抱きつく回数も減ってくるはずだせぇ」

花形のクソ真面目な発言の後にちゃかすような永野の声。


「…分かりました」

伊藤がそう言って一つ頷いた。

「そうか良かった!おまえなら分かってくれると思ってたよ、伊藤!
じゃあ、今日は藤真のおごりだからじゃんじゃん食べてくれ、みんな!」

花形が満面の笑みを浮かべてそう言った。

「なっっなにっ?!」

突然の振り、戸惑うオレ。

「なんだ?」

満面の笑顔のままオレに振り返る花形。

「…おまえはいつも一言余計なんだよっ!」

オレが叫ぶ。

「いただきまーす」

「遠慮なく!」

「ふざけるなーっ!」


店内に空しく響く俺の声。




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