カルピスソーダ
□♯4
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「なんなんだ、ありゃ?」
「どうやら…」
「ええ??!」
「マジかよ!まあいいけど…」
「伊藤、困ってないのか?」
翔陽高校の体育館。
今日も男子バスケットボール部の練習がもうすぐ始まる。
監督のオレはオレの後を継ぐべき一人の後輩に声をかけた。
「伊藤!ちょっとこっち来いよ」
「あ、ハイ!」
他の部員に交じってシュート練習をしていた伊藤が、その輪を抜けてオレの元へ駆け寄ってくる。
「はい!」
伊藤がオレの前に直立する。
緊張した面持ちだ。
オレがジッと伊藤の目を見遣ると、幾分恥ずかしそうな素振りをする。
「伊藤…」
オレは三日前の金曜の夜のことを思い出した。
みんなでカルピスソーダを飲んだ後、そのまま解散になった。
オレが最後に会計を済ませて外へ出ると、高野と永野が伊藤に絡んでいた。
「おまえ、二人っきりで大丈夫なのかよ。お姉さんていったって、あんなにかわいいんじゃ変な気起こすんじゃないのか?」
「オレたちが行ってやるよ、おまえだけじゃ心配だからな」
「やめてくださいよ変な話し!血液の成分100%一致してるんですから!そういう嗜好もないし。気持ち悪いだけなんですけど」
「本当だろうなぁ」
「おまえを信じて報われるんだろうな、オレたち」
「それは知りませんけど…。
じゃあ、高野さんは妹さんにそういう気、起こすって言うんですね」
「やめろよっ!んな分けないだろっ」
「コイツんちは同じ顔してるから」
「そういう問題じゃないだろ!」
「オレも一緒ですよ。万が一向こうがそんなこと思ってたとしても気持ち悪いだけだし、想像もしたくない」
「そんなもんかぁ?!」
「チッ、つまんねーの」
「藤真、会計済んだのか?じゃあ帰ろうぜ」
一志と名前ちゃんと談笑していた花形がオレに気付いて声を掛けた。
オレも交じりたかった…。
「じゃあな、伊藤」
「はい!また明日です」
「ごちそうさまでした」
伊藤が頭を下げ、名前ちゃんが続けてオレに頭を下げる。
顔を上げニコッとほほえむと、後は振り返りもせず行ってしまった。
当たり前だけど…振り向く理由がないからな。
メアドも聞けなかったな。
「行こうぜ、藤真」
二人が消えた先をいつまでも見つめるオレに花形が声を掛けた。
「ビックリしたな〜今日は」
「ああ、まさか伊藤のお姉さんに遭遇するとはな」
「しかも聖アンナ女学院とはな」
「聖アンナってだけでオレはムラムラする」
「おまえの頭ん中どうなってんだ?!」
「そろそろ落ち着けよ、高三にもなって」
「高三になったってオレはチェリーなの!」
ハハハハハ!
笑いが起こる。
「今日は二人っきりだって」
「なんにもないだろ」
「おまえんちと違って!」
「だから!オレんちはないっていってるだろっ」
「どうだか、おまえ自己愛強いじゃん」
「やめろよっ変なこと言うの!」
「伊藤んちだってそうだろ。よく見てるとどことなく似てるし。
それにお姉さん?名前ちゃん?伊藤のことしっかり構ってなかったか、内輪事を暴露したりして。
あれは兄弟間で用いられる常套手段だ」
「確かになあ。先に生まれたもん勝ちみたいな、なっ」
「そ。お陰で伊藤に対する親近感が湧いたけど」
「ああ、なかなかいいヤツだったよなぁ」
「なあ、藤真」
「…」
「どうしたんだ?おまえ、ずっと黙ってるじゃないか」
一志がオレの肩を揺する。
「おい、どうしたんだよ?」
「あ、ああ…」
オレは歩くのをやめてその場に立ち止まった。
「どうした?」
オレの顔を覗き込むように四人がオレを半円状に取り囲む。
「…」
「オレ…」
そう言ってオレは唾を飲み込んだ。
さっきのカルピスソーダの味がまだ口の中に残っている。
名前ちゃんの笑顔を思い出して切なくなった。
さっき別れたばかりなのにもう会いたい。
切なさで胸が苦しくなる。
「もしかして…初恋でも見つけたか?」
花形が穏やかな声で言った。
「え?どこで?誰だよ?」
永野が驚いた声を出す。
「…」
「伊藤のお姉さんか?」
一志がオレを伺うようしてに言った。
「名前ちゃん?
確かにかわいかったけど…」
高野が半信半疑でオレの顔を覗き込む。
「…」
何も答えないオレを見て四人が顔を見合わせ頷き合う。
「藤真。名前ちゃんは確かにかわいかったよ。
おまえの初恋、オレたちは応援するぜ!」
高野がそう言ってオレの肩を叩いた。
「…ありがと」
オレは俯いたまま四人にそう言った。
顔を上げたら、切なさと嬉しさとで涙が零れそうだったから。
「帰ろうぜ、藤真」
「まずは伊藤姉がおまえをどう思ってるか探らんとな」
「伊藤、なんて言うかな?きっとビックリするぞ」
「異存はねえだろ、藤真だぜ!」
「ところで、カルピスの味はしたのかよ」
「…何?カルピスソーダだっただあ?」
「それはおまえ、…おまえが不純なオトコだからだよ」
「初恋はカルピスって決まってんの!」
「ったく、刺激を求めちゃもう初恋じゃねぇぞ」
オレはその夜、愛しさと切なさを知った。