カルピスソーダ

□♯2
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「おい、藤真。どうした」

「自己紹介、おまえの番だって」

隣の永野に脇を小突かれ、オレは正気を取り戻した。


「藤真って言います」


「って、それだけかよっ」

「こいつがオレたちのキャプテン」

誰かが何か言ってる、オレは頭に血が上ったみたいになって、何がなんだかよく分からない。


「お二人さん、メニューは?」

マスターの声が聞こえる。

「あ、今」

「取りあえずここに座れよ」

一志が伊藤を促す。

「はい」

「並ばなくていいのか?」

「…構いませんよ」

「おい、藤真詰めろよ」

「…お、おう」

「だから、どんぶり一緒に」

永野がオレのどんぶりをひく。

空いたスペースに彼女が座った。


「わあ!」

思わず素っ頓狂な声を上げたのは、オレ。

だって、ビックリしたんだ。


「ごめんね〜名前ちゃん。こいつ今日ちょっと変なんだ」

高野が愛想笑いを浮かべて彼女に謝った。

何気に名前ちゃんなんて名前で呼んでるし。


「しつれいします」

ふふっと笑って彼女がオレの真横に詰めてきた。




オレは一気に緊張した。

鼓動が止まない。

隣の永野にも名前ちゃんにも聞こえちゃうんじゃないかってくらいに、ばくばくいってる。

顔が熱い。

彼女がオレの横に座ったときからほのかに匂うコロンの香りのせいだ。

コロンがオレの鼻孔をついて、その度に熱くなる。


それに、さっきからオレの全神経が左腕に集中している。

ちょっとでも動かしたら彼女のどこかに触れてしまいそうで、動かせない。

動かせないとなると動かしたくなるのは何故なんだ!



オレが一人でグルグルしているうちに伊藤がオーダーを終えて戻ってきた。

一志のとなり、名前ちゃんの向かいに座る。


「藤真、餃子来る前にラーメン食っちゃえよ」

「あ、あぁ、うん」

花形に促されオレは利き手の左手をそーっと動かす。

絶対に触れちゃいけない、絶対に触れちゃいけないんだ。


我ながら、おかしな動きだったと思う。

また名前ちゃんがニコリと微笑んだ。

心臓が飛び跳ねて、不整脈を起こしそうになった。


「伊藤ー。その制服、聖アンナだろ。どこで見つけたんだよ、こんなカワイイ子」

興味津々、を隠しきれない様子で、高野が伊藤を見遣る。

答えをせかしている目だ。


そのときチクリと胸が刺されるような感覚を覚えた。


そっか、伊藤の彼女なんだっけ。

なんか、残念。

人のものは取っちゃいけない…オレだってそれくらいのことは心得ているんだぜ。


「あ、あの…」

伊藤が頭を掻きながら遠慮っぽく話し始める。

と同時に、オレの横で名前ちゃんがクスクスとはにかんだように笑った。


「えっと、オレの姉なんです」

と伊藤。

「姉なんです。卓がいつもお世話になってます」


えっ?えっ?なんつった?今なんつった〜??


「お、お姉さんてマジかよ?」

高野が目を丸くしている。

目がまん丸くなったのは高野だけじゃないだろう。

「はい」

伊藤が答える。

名前ちゃんは相変わらずオレの隣でクスクス笑っている。

優しそうな笑顔だ…。

伊藤に似てるかも…オレは願望も込めてそう思った。


「おまえ、お姉さんいるとか言ってなかったろ?」

まだ信じられないと言った風に高野が迫る。

「聞かれたことないですし、
…聖アンナに姉がいるって言ったら、いろいろ聞かれると思って」

伊藤がいかにも罰が悪そうに伏し目がちに話す。

確かに、聖アンナっていったらこの辺じゃ憧れの女子校だ。

紹介しろだのなんだの言われるに決まっている。

オレたちの通う翔陽高校だって県内では結構なエリート高だ。

伊藤に図々しいお願いをする輩がいても一向におかしくないだろう。

なるほどね、なんて思っていたら、

「聖アンナじゃ伊藤が隠すのも無理はないな」

と花形が言った。


「じゃあ、じゃあ、本当に本当のお姉さんなんだな?」

オレが内心、心底聞きたかったことを、高野が聞く。

これを聞くまでは安易に喜べない。

万が一、

「やっぱり彼女でした、てへ♪」

なんてされてみろ、オレの心は再起不能だ。


「だから嫌なんだよ、アネキと一緒に行動するのは。いくら言っても誰も信じてくれないんだから」

伊藤がふてくされている。

そんな伊藤を見て名前ちゃんがまたクスクス笑った。

そして

「聖アンナ女子学院高校三年、伊藤名前です。正真正銘、卓の姉です」

といってぺこりと頭を下げた。

「今日は卓に無理言って連れてきてもらったんです。卓がよく寄るラーメン屋さんがあるというので、私も来てみたかったので」

いたっずらっぽく微笑み、

「今日は両親が二人とも外泊なので、もう今日しかないって思って」

楽しそうに言う彼女にオレはもう釘付けだった。

伊藤のお姉さんなんだな、信じていいんだな!

オレはもう天にも昇る心地だった。




そこへ、オレたちの餃子と伊藤たちのラーメンが同時に運ばれてきた。

名前ちゃんが餃子を手渡しで回す。

「はい」

「あ、はい」

オレは彼女から餃子の皿を受け取った。

その時、あれほど気をつけていたというのに、餃子の皿の下で指が触れてしまった。

急いで手を出したからだろう。

彼女には簡単に触れていけない気がしていたのに。

皿を受け取る時に、彼女の指先にオレの指を重ねてしまたったのだ。

声にこそ出さなかったが、「あ、」という彼女の声が聞こえてきそうだった。

彼女がオレの目を下から覗くように見る。

オレも彼女の目を見つめる。

餃子の皿の下で指先が重なったままの状態で、視線が重なり合う。

オレは思わずツバを飲み込んだ。


…こ 、これは…


カ、カルピス??


「あの…?」

彼女が更にオレを覗き込む。

その瞳がカワイすぎてオレの中で何かが弾けた。


「藤真。早くしろよ。それはオレの餃子」

永野の隣(オレと反対側の)に座っている花形が催促する。

「あ、ああ…、ごめん」

ごめんは、花形にじゃなくて名前ちゃんに向けての言葉だ。


次の皿を受け取るときは指を屈めた。

オレの餃子は彼女がオレの前へ置いてくれた。

「はい、藤真さん」

と言って。

「あ、ありがとう…」

今日の餃子は今まで生きてきた中で一番おいしい餃子です。

感激で涙が出そうだ。



「ふ、藤真さんて…。同い年なんだから、君付けとか…オレの場合、昭一だからぁ、昭ちゃん、とかでもいいけど♪」

自分で言い出しといて恥ずかしがる高野。

確かに、苗字にさん付けは…。

オレの場合、健ちゃん、とか…。

想像しただけでニヤける…。


「そ、そうですよね。卓ちゃんがいつも、皆さんをさん付けで呼んでいるので、私もなんだか…」

名前ちゃんが恥ずかしそうに笑いながら言った。

「言葉遣いも普通でいいし。お互い普通で、ね」

永野が言うと下心を感じるのはオレだけか?


名前ちゃんは永野の言葉に嬉しそうに微笑んで言った。

「卓ちゃんも私の友達を、“ちーちゃん”て呼んじゃったことあるんだよね♪」

「そ、それは…」

伊藤が一気に赤面する。


「おまえってやつはっ」

「ずうずうし過ぎるだろっ」

「それは恥ずかしい、恥ずかしすぎる」

「卓ちゃん、恥ずかしいぜぇ〜」

オレ以外の四人が伊藤をからかって、一気に爆笑する。

震える伊藤。

「もうっオレの話はいいからっ!とにかく、先輩たちに失礼のないようにして!」

「うんうん、分かってる。すごい人たちなんでしょう。

…卓ちゃんがいつもそう言ってるんです。先輩たちに一歩でも近づけるよう頑張るって。尊敬してるって。だから私も…。あ、また丁寧語になっちゃった」

エヘッ。なんて笑いながら言う。


ああもう、オレは……
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