だって好きだから!

□♭18
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次の朝、名前ちゃんはすっかり普通に戻っていた。

オレはいつも通り名前ちゃんをひしと抱きしめ、名前ちゃんはいつも通りそんなオレを引きはがす。


催眠術はすっかり覚めたようだけど、オレと少々揉めたことも覚えてないような様子だった。

オレとしてはただひたすらに不思議だったけど、いくら考えても答えは出ないからそのことについての思考を止めた。




それからインターハイに出発する日の前日まで、オレたちは穏やかなときを過ごした。

時々一緒にお昼を食べて、帰りは毎日一緒に帰った。

休み前と休み明けはちょっとだけ濃厚にキスをして、普段はかわいいキスを繰り返した。


オレはあれ以来、過激なことは避けて出来るだけ大人しくしていた。

バスケ部の練習が過酷を極めて膝がガクガクする日もあったし、気持ちの緊張と集中を日ごとに高めていたせいもある。

名前ちゃんも揉め事を持ち込まずオレと仲良くしてくれていた。

極力、平素を心がけていたけれど、オレの戦闘モードが伝わっていたんだと思う。

名前ちゃんはいつもニコニコと笑っていてくれて、オレの心を逆なですることがなかった。


オレはその笑顔にいつも癒された。

キミを迎えに図書館まで歩く数分さえ辛く感じる日もあったけれど、キミの笑顔を見ると急に元気になった。

監督に怒鳴られ罵られ悔しくしょうがなくても、キミに会えば心のささくれが取れた。

キミと瞳を合わせ言葉を交わし、抱きしめてキスするだけでオレはすべてをリセットし明日へと向かえた。





ある日の帰り、とんでもなくお腹が空いて

「あー腹減ったー」

と零しながらキミを送っていったら、家の前で

「ちょっと待ってて」

と言って、家に入ったかと思ったらすぐに戻ってきて、カロリーメ○トとペットボトルのお茶を、

「はい」

と言ってオレにくれた。

そんなことはまるで期待してなかったオレは、

「いいの?」

とびっくりして言ったら、

「大丈夫。

お兄ちゃんが朝弱くてね、ご飯食べれないときによく学校に持ってくから、家にいっぱいあるんだ」

と言った。

「お兄さまの朝ご飯…」

受け取ったそれをじっと見てそうオレが呟くと、

「お兄さまなんてタイプじゃないよ」

と笑った。

「どんなタイプなの?」

早速カロリーメイ○ブロックを食しながら、ちょっとした好奇心を満たすために尋ねると、

名前ちゃんはうーんと少し考えてから人差し指を顔の横に立てて、

「アニキ?」

と言った。


アニキ…?

まさか、ホモとかじゃないよね…そう思ってドギマギしていると、

名前ちゃんはオレのとまどいを見抜いたのか、クスクス笑って、

「大学生になった途端、色黒になって、妙に大人なふりしてアニキぶったことを言うようになること三年、だから」

と言った。

オレは安心して(?)ハハハと笑った。

そして

「弟はどんなタイプ?」

どんな答えが出てくるのか好奇心にかられて続けて聞いた。

すると今度は即答で

「王子!」

と言った。

「王子?」

目を丸くして言うと、

「ワガママ王子」

と、目を平たくして言った。

「ワガママなの?」

名前ちゃんの弟が?と少し意外に思って尋ねると、

「中二なんだけど、取り敢えず反抗するんだよね。

一番下なのに一番威張ってて。

だから弟の反抗が始まると、家族で

“また出た、ワガママ王子”

ってこそこそ言ってるんだけど、それがまた気に入らないみたいで、

“大人になったらこんな家出てってやる”

って言うんだけど、

“当たり前だよねえ、いつまでいるつもり?”

ってまた家族中でこそこそすると、

“ふんっ”

て部屋にこもっちゃうの。

けど笑えることに、一時間もしない内に何事もなかったように出てくるんだけどね」

ふふふと笑いながら答えた。

「名前ちゃん家って賑やかなんだね」

オレは目に浮かぶようなその光景に目を細めた。

名前ちゃんは嬉しそうに笑って、

「良くも悪くもね」

と言った。

カロリ○メイトもお茶もすっかりお腹に納めたオレから、

「ゴミは貰うよ」

と、空になった物をするりと取り上げた。


そしてその次の日から、帰りの図書館前でいつも、

「カロ○ーメイトの○○味だよ」

と前日と違う味の物を用意してオレにくれた。

オレは感激で涙が零れそうだった。

涙を零さない代わりにオレは、キミをひしと抱きしめた。

「大げさなんだから〜」

その度に呆れたように笑って言うキミ。

そんな配慮を見せてくれる名前ちゃんがオレはますます好きになった。


出発の日が近づくにつれてオレは、キミをインターハイに連れて行きたいと思うほどになっていた。

正直、バスケに関しては割り切りのいいオレがそう思うなんて自分でも驚きだった。

名前ちゃんを一週間もオレの目の届かないところに放置したくないという思いからじゃなく、

純粋にオレにとってキミと一緒にいることが最もベストでいられると思ったからだった。

キミがいれば安心して、リラックスと興奮のバランスの取れた丁度の状態でいられると思った。

考えて導き出したことではなくて、いつの間にか自然とそう思うようになっていた。

最初は漠然としていたその思いが、オレの中で確信に変わるのにそう時間はかからなかった。

そう思っても連れて行けるはずはないから、キミを置いていくことに抵抗はなかったけれど、

二人でいることやキミの愛情を手に入れることに対する執着はますます募っていった。


それはキミと離れていた一週間で、オレがバスケに全身全霊集中している間にも、

オレの知らないところで膨らみ続けていたようだった。
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