君と僕。

□甘くはいかない
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「…なんだか新鮮ですね、要くんとお菓子作ってるのって」

そ、そうか?そうでもないだろ。
言いながら、ボウルの中の泡立て器をがしゃがしゃとうるさく鳴らして、明らかに動揺してる要くん。
嘘つくの、本当下手だなぁ。思いながら、僕は少しだけ笑った。

―――

今朝はやく、要くんからメールが届いた。
内容は「春、クッキーの作り方教えて」の一文だけ。
僕は正直驚いた。要くんが?クッキー?
そして、ふと顔を上げカレンダーを見た僕はあることに気づく。ああ、そっか。

僕は要くんに、エプロンだけ持ってきてください、と返信した。

―――

「明日、バレンタインデーですよね」
「…あ、ああ」

ぼくが呟くと、生地を混ぜる要くんの手が一瞬だけ止まった。僕はその顔を覗き込みながら、

「要くんも、それ誰かにあげるんですか?」

僕はみんなにあげる分です、と笑顔で付け加える。
要くんは露骨に目を泳がせると、慌てたように反論した。

「い、いや、別に…そういうんじゃなくて」
「えー、違うんですか?」
「ただ…なんとなくだよ、なんとなく!」

エプロンの裾を掴み、かと思えば眼鏡のずれを直して。要くんは落ち着かない様子で苦笑をこぼした。
なんだか、そこまで必死に隠されると…意地悪したくなっちゃうな。

「…じゃあそれ 僕にください」
「え?」
「焼き上がったら、二人で食べましょうよ」

ね?と目で問えば、みるみるうちに要くんの顔が泣き出しそうなものに変わっていく。

「……これは、だめ、だ」
「……」
「で、でも誰かにあげるとか、そういうんじゃ…」

どんどん小さくなっていく要くんの声に、僕はふうっ、と心の中でため息をついた。

「あ、そうか」
「…っ」

要くんが、息を呑む。

「お母さんにあげるんですね」
「…え?」

呆けた声を上げて、要くんが僕を見る。

「要くんてば、ホントに恥ずかしがり屋ですね。
本人が目の前に居るわけでもないのに…正直に言えばいいじゃないですか」
「!そ、そ…だよな。あいつらも居ないし、春なら茶化したりしねぇしな」

逃げ場を見つけたとばかりに、顔を明るくする要くん。
その様子も可愛いなんて笑ってしまう僕は、相当彼に甘いと思う。でも。

「そうだ要くん。チョコチップだけじゃなくて、色んなの作りましょうよ」
「あ、それいいな」

控えめに要くんが笑う。
僕もそれにつられてまた笑ってから、冷蔵庫に手を伸ばした。
明日、要くんから手作りのクッキーを貰えるであろう、その『誰か』を少しだけ羨みながら。


(でも、君と笑えるなら、僕はそれでいいかな)






<あとがき>誰だこれってぐらい黒い春ちゃんになってしまった。
要くんが本当にクッキーを渡したいのは…想像におまかせします。

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