夢小説一

□誘惑
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 「―――――行くぞ。」

俺は、後ろにいる千鶴に声を掛けた。
いや、怖気付きそうな自分に渇を入れるために、声に出したのかもしれない。

そこは、一見普通の…ちょっと洒落た造りの甘味処に見える2階建ての建物だった。
俺は千鶴の手を引き、暖簾をくぐって中に入った。
入ってすぐに、人目をごまかす為なのか、茶を飲むような席があり、その奥の座敷に老婆が座っていた。
こちらへ声をかけるでもなく、俯き決して客と目を合わせようとしない。
一分金を渡すと、「梅の間でございます。」と、嗄れた声が返ってきた。

老婆から盆にのせた茶器を受け取り、俺たちは二階へあがった。
昼間だと言うのに薄暗い廊下を進む。
途中、俺の後ろに隠れるようにして付いてくる千鶴を振り返ったが、俯いたままで、顔すら見えない。
相当緊張しているのだろう。
俺たちは無言のまま、梅の間の襖をあけた。

そこは六畳ほどの広さで、真ん中に布団が二つ並べて敷かれていた。
貸し座敷の中でも高級な所らしく、綺麗な刺繍が施された赤い絹の布団は島原を彷彿させた。
そう、ここは貸し座敷……江戸でいう出合い茶屋だ。




 攘夷浪士がとある貸座敷で密会しているという情報を得た俺たちは、副長の命を受け、ここまでやってきたのだ。
貸座敷に芸子も呼ばず、男一人で行くのは不自然だと言う理由で、千鶴に女の格好をさせて同行させることにした。
咄嗟の判断が利き、剣の腕が立つ者…ということで、総司か俺に、と副長は言ったのだが、俺は迷わず志願した。
―――手の早い総司を千鶴と一緒に行かせるわけには行かない。

しかし、俺は今まで剣一筋で生きて来たのだ。これまでこのようないかがわしい座敷など上がったことがない。
おまけに、普段男のなりをしている千鶴が、こんな綺麗な女の格好をして一緒にいるなんて…。




「―――斎藤さん、どうぞ…。」

千鶴が慣れた手つきで茶を入れてくれた。

「―――あぁ、すまない。」
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