夢小説一
□微熱
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―――――それは、月明かりさえ見えない、漆黒の夜だった。
まだ早春だというのに、妙に蒸し暑くて寝苦しく、気が付けば俺は部屋を抜け出して、中庭を眺めていた。
虫の声に耳を欹てていると、不意に小さな悲鳴のような、女の声が微かに聞えた。
この前も、千鶴が羅刹に襲われそうになったばかりだ。
俺は嫌な予感がして、咄嗟に千鶴の部屋へと向かった。
「――おい、千鶴。…大丈夫か?」
障子越しに声を掛ける。
しん、と静まり返った闇の中、今度ははっきりと千鶴の部屋の中から物音が聞えた。
「―――――んぅ!」
障子を開け放つと、布団に横たわった千鶴の上に、山南が覆い被さっているのが目に飛び込んできた。
「おい!山南さん!!―――何してやがる!」
咄嗟に、山南の身体を羽交い絞めにして千鶴から引き剥がすと、千鶴の口端から薄紫の液体がつう、と零れるのが見えた。
「―――てめぇ…、こいつに何飲ませた?」
山南は眼鏡を掛け直しながら、口元でにやりと笑った。
「…媚薬…とでも、言っておきましょうか。変若水改良中に偶然生まれた、催淫剤ですよ…。」
「――なんで、そんなものを…。」
「我々の秘密を守る為には、力や恐怖で支配するのではなく、女として身も心も支配してしまうのが得策。
惚れた男の言うことなら、何でもきくのが女というものでしょう?
―――――それに、この媚薬の効果は一晩。その間は姦淫も吸血も思うままになる…。」
山南の眼が、血のように赤黒く光った気がした。
「あんた、何考えてるんだ。…こいつはまだガキだぜ。そんなこと…出来る訳ねぇだろ?」
俺は千鶴を抱き起こすと、山南から守るために自室に連れて帰る事にした。
身体を震わせて苦しそうにしている千鶴を、ただ朝まで看てやるつもりだった。
その時までは―――――。
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