夢小説二

□花火
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 水面を渡る涼しい風が襟足や足元を通り抜けてゆく。

真夏でも日が暮れるとこんなにも涼しいものなのだろうか。
それとも、普段の袴を穿いた男装とは打って変わった、涼しげな浴衣を着ているせいなのだろうか…。

土方さんが用意してくれた、葵に菖蒲や菊を祝紐で結んだ祝花模様の浴衣。
男所帯でよく働いてくれる褒美だ…なんて言ってくれたけど、こんな綺麗な浴衣、私には勿体無いと思った。
馴染みの店で女らしく結い上げて貰った髪が、何だかとても気恥かしい…。

今日はこの川で花火が打ち上げられる。
毎年夏になると水神祭を兼ねて花火が打ち上げられ、大名、旗本、町人を問わず多くの人が船や川沿いの旅館から見物するほど賑わうというのだ。

「あとで斎藤をやるから、二人で楽しんでこい」と、土方さんが特別に外出許可を出してくれた。
斎藤さんに想いを寄せる私の為に、お膳立てしてくれたのだ。

でも、祭り好きな原田さんや永倉さん達と違って、斎藤さんは人で賑わう所が苦手なようで、私もさりげなく誘ってはみたものの、一刀両断、きっぱりと断られてしまった。

その斎藤さんが、こんなところまで来てくれるのだろうか…。
私は期待と不安に胸を踊らせながら、沢山の人でごった返す橋の袂から屯所の方向を眺めていた。

暫くすると、涼しげな浴衣姿の人々で賑わう中、真夏だというのに墨色の着流しをきっちりと着込んだ一種異様な風貌の人影が現れた。

「待たせてすまない」

やって来た斎藤さんは、浴衣姿の私を見て、一瞬ハッとした顔をしたが、

「これを。副長がおまえに渡すようにと、言われたものだ」

と、封書を渡しながら、いつもの冷静な口調で言ったかと思うと、直ぐに踵を返した。

「用件は済ませた。――――俺は帰る」

「…え?…ちょ、ちょっと待って…!」

私を置いてさっさと帰ろうとする斎藤さんを思わず呼び止め、傍に駆け寄ろうとするが、石に躓いて転びそうになってしまった。

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