夢小説二

□花火
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川沿いに、花火を打ち上げているところからは逆の方向に歩いて行く。
花火に背を向けて歩きながら、花火の打ち上がる音と爆ぜる音、そしてその後に沸き起こる歓声に、つい何度も振り向いて空を見上げてしまう。

「……少し、見て行くか」

思わぬ斎藤さんの言葉に、私の頬は綻んだ。

斎藤さんに手を引かれ、人気の無い土手の下方へと降りて行く。
と、突然腕を強く引っ張られ、柔らかな下草が敷布の様に生い茂る叢に引き倒された。

「…さ、斎藤さん…?」

私の上に覆い被さる斎藤さんの顔が、唇が触れそうなほど近くにあり、その吸い込まれそうな深縹の瞳にどきりとしてしまう。

「…こうしていれば、花火もよく見えるだろう…」

私が楽しみにしていた花火を見せるために此処に横たわらせただけだったのか…と思いながらも、斎藤さんの身体が私に覆い被さったままの状態に、私の胸の鼓動はどんどん高なってゆく。
頬が火照って仕方なかったが、この暗がりでは真っ赤な顔を斎藤さんに気付かれることもないだろうと、私は平静を装って空を見上げた。

「…そ、そうですね―――――っ…!」

ドン、と花火が打ち上がる音がしたかと思うと、私の頬に斎藤さんの手が触れ、眼前に近づく端正な顔の後ろに大きな光が弾けた。
逆光になって斎藤さんの顔が見えなくなり、目を細めた瞬間、柔らかなものが私の唇に触れた。

「……ん…」

花火の光が消え目が闇に馴染んでくると、目の前の影が徐々に離れて行き、斎藤さんの顔になった。
軽く唇に触れただけで離れたそれが、斎藤さんの唇だったのだと気付くと、私の顔はかぁ…と、火がついたように熱くなった。

「…千鶴…、――――おまえが欲しい…」

頬に手を触れたまま、私を見詰める斎藤さんの眼が潤んでいる。
そして、再び唇が触れそうなほどに顔が近付くが、何かを思い倦ねているように動きを止めた。

「……嫌なら、拒んでくれて構わない」

「……そんな…。私はずっと斎藤さんのことをお慕いして………っん」

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