夢小説二

□迷路 三
1ページ/8ページ


 総司が去ったあと、千鶴は疲労と安堵からか気絶するように眠りに落ちた。

夢の中で、千鶴は白い狼に腕や背中を舐められていた。
最初は怖いと思った狼の蒼い瞳が吸い込まれそうなほど綺麗で…、優しく愛しむように舐められ、そのくすぐったいような心地好い感触に、身を任せて微睡んでいた。

膚に触れるその感触が次第に現実のものとなり、首筋を通ったそれが頬に触れられた瞬間ぞくり、と身体が震え、千鶴は我に返った。

眼を開けると、目の前に一が居た。

「…気が付いたか」

手拭いを持ち、もう片方の手が千鶴の肩に触れている。
一はお湯で暖めた手拭いで、千鶴の汚れた体や顔を拭ってくれていたのだ。

刹那千鶴と交わった視線を外すと、一は手早く手拭いと盥を片付けた。

千鶴は慌てて身を起こすと、汚れた襦袢が清潔な物に変えられているのに気付いた。
一が着替えさせてくれたのかと思うだけで、頬が熱く火照るのを感じた。

「…少しでも口にせねば、身が持たぬぞ」

そっと千鶴の前に差し出された一の手元を見ると、それは盆に載せられた握り飯と白湯だった。
食べやすいようにと心配りが感じられる小さな握り飯は、とても暖かく見えて……気が付けば千鶴はそれを無我夢中で頬張っていた。

「――――――何故あんたはそんなにも気丈にしていられる?普通の者なら、とうに気が触れているか舌を噛んでいるだろう…」

淡々とした…それでいて穏やかに心に染入るような声が千鶴を包んだ。

この人は何故こんなにも自分に優しくしてくれるのだろう…。

自分を見詰める一の優しい瞳を見た瞬間、千鶴の頑なに突っ張ってきた心が頽れた。

「……私には待っている家族がいるんです…。たったひとりの家族だけれど…、父様に会うまでは…死ぬ訳にはいかない……」

千鶴の今まで堪えてきた感情が堰を切って溢れ、伝えきれない歯痒い想いが涙となって零れた。

気が付けば、嗚咽を洩らし震える千鶴を一は強く抱き締めていた。
千鶴は一瞬身を硬くしたが、温もりと共に一の気持ちが伝わってきたような気がして、次第に力が抜けていった。

.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ