小説(パラレル)
□Sairol
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「本日からこちらの基地に配属になりましたロロノア・ゾロです!よろしくお願いします!」
ぴしっと背筋を伸ばし、敬礼をして威勢よく挨拶をした。
日に焼けた肌、引き締まった体躯に精悍な顔つき。目深に被った海軍キャップからは鮮やかな緑の髪がのぞいている。
ロロノア・ゾロ、19歳。剣の修行に出た彼は生活費を稼ぐために賞金稼ぎをしていたが、その腕を買われて海軍にスカウトされた。
海軍にも腕利きの剣士が多数いると聞き、強くなれるならなんでもいいと入隊した。おまけに衣食住も保証されているとあって、ゾロには願ったり叶ったりだ。
基地には巨大な修練場があり、若い海兵たちは日夜過酷なトレーニングに励んでいる。
配属初日からハードなメニューを課せられ、さすがのゾロもまだ慣れないせいか時間内にノルマを達成できず、昼食を逃した。
そのまま午後の稽古に突入し、コッテリと絞られて日が暮れる頃にはボロ雑巾のように成り果てた。
(想像以上にキツいな…だがやりがいがある。昼飯抜きはさすがにつれーから明日からはちゃんと時間内にノルマこなしてやる)
ゾロはクタクタの体を引きずって夕食をとるために食堂に向かっていた。しかしどういうわけか一向に食堂につかない。
勘を頼りに迷いなく突き進むが、何故か人気のない方へと進んでしまったらしく二時間ほどさ迷って、薄暗い通路に出た。
「おかしいな、食堂はどこだ?それにしても腹へったな…」
胃の辺りを撫でると、空腹の限界を越えた胃袋がきゅぅ〜…と切ない声で鳴いた。
ふと前を見ると廊下の端に積まれた木箱の影から白い煙が立ち上っている。鼻孔に届く煙草の匂い。
ゾロはずかずかと歩み寄ると、
「基地内は禁煙じゃないのか?」
「うわっ」
言いながら急に顔を出したゾロに驚いて、目の前の男は目を真ん丸にして見上げている。
まばゆいばかりの見事な金髪と真っ青な瞳が白い肌によく映える。眉毛がおかしな風に巻いてはいるが中々綺麗な顔をした男だ。
「誰だテメェ。兵士が何でこんなところにいる?」
うんこ座りで煙草を指ではさみ、不躾に睨んでくる様はまさにチンピラといった風情だ。意外とガラが悪い。
「オレは今日からここに配属になったロロノア・ゾロだ。なぁあんた食堂はどっちだ?」
「はぁ?食堂なんかもう閉まっちまってるぜ。何の用だ?」
男の言葉にゾロは眉を上げた。
「閉まってる?じゃあもう飯は喰えねぇのか?」
「残念ながらな。基地での生活は何事も時間厳守だ。夕飯は5時から7時の間に済ますこと。7時きっかりには食堂に鍵がかかっちまう。知らなかったのか新人?」
ゾロはあまり表情を変えなかったが瞳と声音に強く落胆の色が浮いた。
「知らなかった…。なんてこった、昼飯どころか夕飯も食いっぱぐれるとは参ったな。腹減った。…なぁどこか他に何か食える所はねぇのか?」
「ねぇよ。基本的に食事時間外の飲食は禁止されてる。兵士たちの栄養管理は徹底されてるからな」
男はそう言って再び煙草をくわえるとぷはーっと煙を吐いた。
「にしても何で夕飯食いっぱぐれたんだ?訓練は必ず五時前には終わるはずだろ?二時間も何してたんだよ」
「食堂を探してた。ここは広すぎて中々たどり着かないんだ」
ゾロはいたって真面目な調子で言った。男が訝しげな顔をする。
「基地内は確かに広いが修練場から食堂までは真っ直ぐ廊下でつながってるだろ。どうやったら迷うんだ?」
「迷ったんじゃない。見つからなかっただけだ」
「一緒だろ。あんた典型的な筋肉バカだな」
男は、はっと小さく首をかしげて笑った。
「しゃーねえな。今から飯作ってやるよ。何かリクエストはあるか?何でも作れるぜ」
男はおもむろに立ち上がるとポケットから携帯灰皿を出して吸い殻を入れた。
座高が低いのか座っていると小さく見えたが立つと意外に背が高く、ゾロとそう変わらない。
「作る?あんたが?」
ゾロが訝しげに首を傾げると男はコック帽を取り出してぱふっと被ってニッと笑ってみせた。
そこでゾロはようやく男の着ているものが自分と同じ袖なしの兵服ではなく、半袖に大きな青いリボンタイをしたコック用の白いセーラーであることに気付いた。
「コックだったのか。こりゃ助かった。何でもいいのか?」
飯にありつけるとわかり、ゾロの顔が綻ぶ。
「オレに作れねえもんはねえ!だが今は時間がないから簡単なものだけな」
男は自慢げに胸を張った後、ぽりぽりと頬をかいた。
「じゃあ米の飯が食いてえ。朝から何も食ってねえから大盛りで頼む」
「了解。じゃあこっちついてこい」
そう言って歩きだした男の後を追うと、男は観音開きの扉を開けて入っていった。ゾロが中に入るとそこは広い厨房だった。
どうやらさっきいた所は厨房裏の食料庫などが並ぶ通路だったようだ。どうりで海兵たちがいないわけだ。
厨房を見渡すと長いステンレスのカウンターの向こうにたくさんの机と椅子が並ぶ無人の食堂が見えた。
「そっちのドアから食堂に出れる。すぐできっから座って待ってろ」
そう言った男は早速食材を取り出して手際よく調理を始めている。目にも止まらぬ包丁さばきは、さながら曲芸のようだ。
ほう…と心中で感心しながらゾロは言われたとおりに食堂に出てカウンター前の椅子に座った。
流れるように動く白い手に見惚れているとすぐ様カウンターの上にタタタンッと皿が並んだ。
「ほれ持ってけ。スタミナチャーハンとスープとサラダだ。全部大盛りな」
立ち上がって取りに行くと、肉がゴロゴロ入った金色のチャーハンはニンニクと胡麻油の香が食欲をそそり、思わずヨダレが込み上げた。
他にも具だくさんの野菜スープに、山盛りのサラダ。シンプルなメニューだが色合いや香が絶妙で、どれも半端なく美味そうだ。
5分もたたない内にこれを作ったということは、よほど腕利きの料理人なのだろう。
自分とさして歳の変わらない男をゾロは感心して見つめた。
男は一仕事終えて、はやくもタバコをふかしている。厨房にも関わらず。見咎めるものが誰もいないからだろうか。
ゾロの視線に気付くと料理の方をあごでしゃくった。
「おら、つっ立ってないで早く食えよ。勝手に厨房使って、見つかったら怒られんだろうが」
ああと気付いてゾロはいそいそとお盆にそれらを乗せて席に戻った。
すぐ様いただきますと両手を合わせて、欠食児童さながら飯に食らい付いた。
見た目よりもはるかに美味い!
ガツガツと無我夢中で掻き込むゾロを、男はカウンターに頬杖ついて満足気に眺めている。指にはさんだタバコを時々くわえては、ふーっと煙を吐く。
「ご馳走様でした!」
ものの数分で完食し、パンッと勢い良く合掌した。
「ほいよ。どうだ?オレの飯はクソうめーだろ」
タバコをくわえてニヤリと笑った。
「ああ。すっげーうまかった。かたじけない」
そう言って頭を下げるゾロに男は一瞬きょとんとしてから、
「ぷっ。『かたじけない』ってサムライかよっ」
そう言って笑った。毒気のない無邪気な笑顔。
思わず見惚れると、カウンターから白い手が手招きする。
「早く皿持って来い。洗っといてやるから新人はさっさと風呂入って寝ろ。明日もキツーい鍛練が待ってんだろ」
「あ、いや。自分で食ったもんくらい自分で洗う」
「お、意外に律儀な奴だな。でもいい。正直その汚ねえ靴で厨房入ってほしくないだけだ。せっかくピカピカにしてあんだからな」
そう言われてゾロは泥に塗れた黒いブーツを見下ろした。
「…そうか。悪いな、わざわざ時間外に飯食わしてもらって洗い物までさせちまって申し訳ねえ」
バツが悪そうに顔を歪めてボリボリと頭をかいた。
「腹すかしてる奴をほっとくわけにはいかねえからな。兵士の体のサポートをするのがコックの仕事だ」
その心意気にゾロはまたしても感心した。だが生来の仏頂面が災いして表情には微塵も出ない。感動する心とは裏腹に無表情なだけだ。
「ありがとう。ところであんたの名前を聞いてなかった」
「はっ。名前なんて聞いてどーすんだよ」
「恩人の名前くらい聞いたっていいだろ」
「恩人って…そんな大げさな」
また男は笑った。彼が笑うと胸の辺りがくすぐったくなるのをゾロは感じた。
「オレはサンジだ。恩人の名前、しっかり頭に刻み込んどけよ」
人差し指でとんとんと自分の頭を差して茶化すように言った。
ゾロは真顔でこくんとうなずいて、
「サンジ、だな。覚えた。助かった、本当にありがとう」
真っ正面からもう一度礼を述べた。するとサンジは急に笑みを潜めて俯いて、
「さっさと行け」
ぶっきらぼうに吐き捨てたが、耳の赤さから照れ隠しであることはバレバレだ。
意外に可愛いところがある男だとゾロは笑いを堪えながら思った。
「じゃあオレは部屋に戻ってさっさと寝るとするぜ。じゃあな」
スタスタと歩きだしたゾロに向かってサンジが声を張り上げた。
「そっちは逆だ、バカ!」
どーん!
間抜けな顔で振り向いたゾロの背後にはそんな効果音が見えた気がした。