小説(海賊)

□Sunset Horizon
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橙色の海、金色に染まる水平線。

夕暮れ時はどうしても感傷的になってしまう。わけもなく涙が込み上げて、鼻の奥がつんとする。

船縁に寄りかかり、黄昏の空に紫煙を吐き出す。煙は潮風にさらわれて、遥か後方へと流れて消えた。

昔、打ち上げられた岩山の上で同じように一人、夕焼けを眺めた。

今日も助けは来なかった。

金色に染まる海は残酷なまでに美しく、1日が終わる絶望感と訪れる真っ暗な夜への恐怖心で心は満たされた。

沈まないで、沈まないで。一秒でも長くオレを照らして。少しでも人目につくように。一刻も早く助けが来るように。

魂を振り絞るような願いは実にむなしく、東から迫り来る夜を止めることもできない。

孤独と寒さと飢えに耐え、身を縮こめて長い夜をひたすら耐えた。

そんな日々のトラウマは今でも心の根底に静かに横たわっていて、あの日と同じような見事な夕焼けを目にするたびに心はかき回され、底からじわりじわりと暗い気持ちが沸き上がってきてどうしようもない。

胸を鷲掴みにされたように息が苦しい。泣きたくて叫びたくて、まともに立っていられなくなる。

誰に言うでもなく沸き上がる言葉は、『置いていかないで』『独りにしないで』。

「頼むから…」

最後の言葉は無意識に口からこぼれていた。自分でもやっと聞き取れるほどの消え入りそうな声だったけれど。

ふいに強い力で腕を掴まれた。驚いて振り向けば、眉間に深いしわを刻んだ剣士がいた。
いつもにまして不快そうな顔。それでいて、母親にすがる迷子のようにどこか不安げで頼りない。

「…どした?ゾロ」

優しく訊ねてやれば、

「てめぇがどうした。らしくなくションボリしやがって…」

顔と同じくらい不機嫌な声が返ってきて、思わず笑みが浮かんでしまった。

てめぇこそらしくねぇよ。心配なんかするタマか?お前が…

オレの腕をやたらとがっちり掴む手と、細められた目の奥からやけに必死なのが伝わってきて、おかしくて笑ったはずなのに鼻が一段とツンとして涙がウソみたいにぼろぼろと零れた。

自分でもびっくりしたがそれ以上に目の前のマリモが間抜けなくらいにびっくりして目を見開いていたから今度こそおかしくて笑った。

笑っているのになぜか涙は次から次へとぼろぼろ落ちて、何で止まんねぇんだと少し焦ったら余計に止まらなくなってしまった。

どうしよう。大の男がこんなに泣いて、情けない、恥ずかしい。止めなけりゃ、ゾロが困ってる…。

次の瞬間、腕がぐんと引っ張られ、体が固い壁にぶち当たって一瞬息が止まった。そのまま全身を強く締めあげられて、苦しさに一体何事かと思えば、マリモが渾身の力でオレを抱き締めていやがった。

視線を動かせば顔のすぐよこに緑の頭。表情は見えないけれど、ひどく不安がっているような気がした。

なんだよ、なんでお前がそんな…

「…っ馬鹿力。イテェよ、離せ」

苦しさに耐えかねて身動ぎすれば一段と力は増して。

「嫌だ。離さねぇ。なんでんな顔してんだよ。てめぇはいつもみたいにアホ面全開で笑ってりゃいいんだよクソコック」

怒ったような声。だだをこねる子どものようだ。
逃がすまい、離すまいと必死にすがりついてくる。

おいおい、本当にらしくねぇよ大剣豪。お前、そんなにオレに執着してたのか?そんな素振り今まで微塵も見せたことなかったくせに…。

体は痛いし息は苦しい。それでも密着した体から伝わる体温で、ささくれだった心が少しずつ静寂を取り戻していく。温かな何かが胸を満たす。

そうだ、当たり前だがあの時とは違うんだ。ここはあの岩山じゃないし、温かい飯もベッドも全部ある。
何より仲間が…こいつがいる。

もう一人、夕焼けを見て絶望に涙する必要はない。とっくにわかってるつもりだった事実を、今改めて体の底から思い知る。

知らず知らず、遠い過去にとらわれていたオレの目を覚ましてくれたのはたった一つの温もり。

今もまだ岩山で一人夕陽を眺めていたオレを助けに来てくれたのは、不器用でどうしようもなく一途なマリモだった。

オレは薄青色に染まりはじめた空を仰ぎながら、ああこれでもうきっと泣かなくてすむ…と頭のすみでどこか他人事のように思った。

だってまた心があの岩山に引き戻されそうになった時は、不機嫌なマリモ剣士が全身全霊で捕まえに来てくれるから。

だから、もう…

「泣くなよ、ゾロ」

「…泣いてんのはてめぇだろ」

ゾロが顔をあげた。怒り顔を正面に見据えて、涙が乾いてバリバリになった頬を無理矢理動かして、オレは渾身の笑顔で笑ってやった。

end

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