小説(海賊)

□Call My Name!
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青い空、白い雲。ぽかぽかと暖かい日差しの下をゆっくりと進むサニー号。
気候は安定、航海は順調。クルーは各々好きなように時間を過ごす。

緑の芝生に寝っ転がって同化している緑のマリモ。その頭にコツンと黒い革靴の先があたって、不機嫌そうに顔をしかめ片目を開ける。視線の先には予想どおりに、日差しを浴びてキラキラ光る金色の頭。

「なにすんだクソコック。昼寝の邪魔すんじゃねぇよ」

ドスのきいた声でそう言えば、

「じゃあ、んなとこで擬態化してんじゃねぇよクソ緑。見分けつかねーだろうが。ナミさんやロビンちゃんがつまづいたりしたらどーする」

負けずをとらずの低音が降ってきた。
睨み返すとそこには頭上の空よりも深い青色が同じように自分を睨み付けていた。
空よりも海の色に近い双眼の奥には、表立った喧嘩腰の態度とは裏腹に穏やかな色が浮いている。

「なんの用だ?」
「ん」

芝生に座り込んだコックから、質問の答えの代わりに差し出されたのは銀のトレイに乗った小皿と箸とグラスと酒ビン。

「つまみ。夕飯の仕込みで余った魚の肝で作ってみた。時間経つと生臭さが増すから新鮮な内に食えよ」

クセのありそうな酒のアテに添えられているのはこれまた少々クセのある度数の高い酒。

昼間っから飲むような代物ではないが、飲んだくれのゾロには関係ない。
てっきり喧嘩を売りに来たと思ったコックから思わぬご褒美を提示されて、思わず顔を綻ばせる。

「おう、サンキュ…」

手を伸ばしたがトレイがすっと下げられゾロの手が空をかく。何の真似だと訝しげに眉をひそめてコックを見やれば、真顔で何やら意味ありげな目線を向けてくる。嫌な予感がした。

「ほしいか?」

くわえ煙草の口元がニヤリと笑う。ゾロはむっとしてコックの次の言葉を待った。

「ちゃんとオレの名前を呼んだら喰わしてやる」

「ああ?」

「簡単だろ?名前呼ぶくらい。それともいらねぇのか?」

目の前で酒ビンをちらつかされて、ゾロはぐっと口をへの字につむった。

「…なんで今更」

「今更もクソもあるか。一応付き合ってるっつーのに今だに名前呼んだことねーじゃねーか」

コックの目が一段と鋭くなった。

「…なんて呼ぼうがオレの勝手だろうが」

ゾロは苦し紛れにそう言った。確かに少し前から自分たちはそういう関係にある。だからといって正直今更名前で呼ぶのもこっぱずかしい。

「名前があんだからちゃんと呼びやがれクソ野郎。でなけりゃこれはやらん」

そう言ってトレイをゾロから遠ざけるように背中に隠す。まるで子どものいたずらだ。

同い年のこのコックは普段は斜にかまえてすましているくせに時々やけに子どもじみた行動をとる。たぶん無意識に。それもゾロにだけだ。

恐らく本当に心を許した相手にだけとる素の姿。一種の甘えからくる態度なのだろう。素直じゃない、でもそこが可愛いと思える。

「おら、早く言えよ。時間が経つほどつまみの味が落ちてくぜ」

そう言いながらもどちらかといえば内心焦っているのはコックの方だろう。食べ物を最も美味い状態で提供するのが彼のポリシー。徐々に鮮度が落ちていくのをみすみす放っておけるはずはない。

それでも頑なにゾロが名前を呼ぶまで待つつもりらしい。青い瞳の中にそうした決意と焦りが交互に揺れる。

ゾロははぁ…とわざとらしくため息をつくと、コックに向かって手を伸ばした。

コックはトレイを奪われないように身を固くして、わずかに上体を仰け反らす。

次の瞬間ゾロの手がコックの片腕をがっちり掴んで力強く引き寄せた。
トレイにばかり気を配っていたコックは思わずよろけて前のめりになる。

「……っ!」

勢いまかせに薄い唇を奪って、次に耳元で低く甘く囁いてやる。

「愛してるぜ、サンジ…」

予想だにしてなかった攻撃に、コックの顔がぼんっと音が出そうなくらい瞬時に真っ赤に染まる。

ぐる眉を寄せて、目を見開いて情けなく顔を歪ませている。それがまた可愛くて、ゾロは鼻の先が触れそうな距離で真正面からニヤリと笑ってやる。

わななくコックの口から怒声が飛ぶ前に、油断した隙をついてつまみと酒の乗ったトレイを奪い取る。

「…っ!てめっ…」

「なんだよ。お望み通りちゃんと名前呼んでやったろ?」

添えられたグラスを無視して直接ビンに口をつける。隣にはトマトのように真っ赤なコック。

「そうだけど…なんか…クソッ!」

優位をとったつもりが逆にとられて腑に落ちない。悔しそうに顔を歪めるコック。

「前にも言ったろ?オレの勝ちだ、すべてにおいて」

ニヤリと勝ち誇ったゾロの脳天に次の瞬間、容赦ない踵おとしが決まる。
度数の高い酒が喉から逆流し、強烈な痛みが鼻を突き抜ける。

「調子にのってんじゃねぇ!クソマリモ!もうてめえなんか知らん!」

自分から仕掛けておいて、コックは憤慨しながらズカズカと足を慣らしてキッチンへ戻る。
丸い後頭部から生える耳やうなじまで真っ赤だ。

「まったく何だってんだ…」

ゾロは頭よりも痛む鼻を押さえながらため息をもらした。気を取り直して小皿に盛られたつまみに箸をつける。それは口の中で酒の味と見事に調和して相乗する。計算された味付け。まさにゾロ好み。

「うめ…」

素直にうなった。
一方キッチンでは今だに顔を火照らせたコックさんが、勝手ににやけてしまう口元を隠すために新たにタバコに火を点けた。

「素直じゃねぇなぁ…」

ぽつりと反省した後は上機嫌で午後のティータイムの支度にとりかかったとさ。

end
 

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