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□高潔な貴女を愛する
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九月九日。
昔からこの日は陰陽思想に基づくと奇数の最も大きい数が重なる日であり、強すぎる陽の気は不吉だということから厄祓いの行事が行われて来た。それが転じて祝い事となったものであり、五節句の一つである。



陽が重なる──即ち、重陽の節句。



「ほらよ、お前の分」


「ありがとうございます、左之さん」


この日は邪気祓いと長寿を祈願して菊花酒、菊の花弁を浮かべた酒を飲む。当然、酒好きの多い新選組がこの行事を逃すはずもなく───幹部らの行事好きも相まって菊を飾ったりこそはしないが幹部にも隊士らにも菊花酒が振る舞われ、各々がこの行事を楽しんでいる。


出張から帰ったばかりの彼女に原田はとっておいた菊花酒を渡したのだ。


「無事に帰って来れて良かったな。あと一日遅かったら新八に全部呑まれてたかもしれねえ」


「それについては心配してなかったかな。左之さんが取っておいてくれてるって信じてたし」


監察方として所属している彼女だが本当の役目はそれだけではない。商人の娘であり、異国語が堪能な彼女は武器や渡来品の取引などの通士として派遣されることが多い。護身の為にといくらか薙刀をかじっただけだった彼女を鍛えたのが原田だった。故に、幹部内では原田と共に過ごすことが多い。


「今回はどうだったんだ?変な事はされなかったか?」


「相変わらず心配性だね。大丈夫、何もなかったよ!それに私だって戦えるんだし」


空に浮かぶ弦月見上げて菊花酒を呑みながら明るく笑う彼女に原田の表情は翳る。


「───本当は、お前にゃこんな事させたくねえんだけどな」


元々は雪村綱道の『研究』の材料調達の為に雇われた協力者の一人でしかなかったが彼が失踪してからは、『新撰組』について知る彼女をただの協力者にしておくわけにはいかなくなった。


「・・・・・・・・・いいの。この道は私が決めたんだから」



そう言う彼女の瞳には強い光が宿っている。



「他の人達にどう思われているかは分かってるつもり。女の癖にとか、邪魔だとか・・・・・・でも私の『道』を否定することだけは────」


「・・・・・・・・・分かってるよ。お前の覚悟は」


(俺はそれを、ずっと見てきたんだから、な)


原田はやんわりと彼女を抱き寄せて己の肩に凭せ掛け、切なげに微笑った。


「否定はしねえよ・・・ただ、お前に危険な事をさせるのは本意じゃねえし、やっぱり女は守られてるべきだって思うだけだ・・・・・・」


かかる吐息に彼女の目元は酒気の所為だけではない紅が散る。


「だから───無理だけはしないでくれ」


「・・・・・・はい、左之さん」


ことりと盃を置いた彼女は花が綻ぶような笑みを浮かべてこの世で最も安心できる彼の人の腕の中へと距離を詰める。



そして、香りたつ菊花の残り香に酔いしれるのだ。






2011
0903〜1007


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