本棚1
□向日葵畑できみ想う
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あれから、いくつの季節が廻っただろう───
『綺麗だな・・・・・・』
通りがかった小さな公園の花壇いっぱいに植えられた向日葵。瞼を閉じれば其処にはいつも同い年くらいの少年がいる。
『───へいすけ』
わたしは縋るように、泣きそうな声で誰かの名前を叫んでいる。
最期に見せた太陽のような──向日葵のような彼の笑顔を最期に塵となる。何年も何年もわたしは、そうして彼が消え逝く様を見ていることしかできない。夢なのに、夢でしかないのに向日葵を見る度に足を止めて彼を想うのだ。
夢を、追憶しながら。
向日葵畑できみ想う
───夢を、見た。
「・・・・・・・・・・・・」
藤堂平助は何度目かのけたたましい携帯アラーム音に叩き起こされるとぼんやりとした頭で画面を見て、絶句。
「やっべぇ遅刻する・・・・・・!」
大慌てで制服に着替え、鞄を引っ掴み、先に出た母親が用意しておいてくれた軽食を適当に摘んでから家を出た。
季節は夏。
あの夢と同じ季節である。
物心ついた頃から見る向日葵畑の夢。
夢の中では一面の向日葵畑に着物を着た女が独り佇んでいる。長い髪で目元は隠れて口元しか見えない。そして彼女は切なげに誰かの名を呼ぶのだ。
「・・・・・・誰なんだ、お前は」
この問いも何度目だろう。
それらしき誰かとは会った覚えもなければ見た覚えもない。けれどあの夢を見る度にただ想うのだ。
───あいたい、と。
愛しさと、哀しさ
切なさと、恋しさ
それらが押し寄せて、名も知らない彼女を抱き締めたくて。
『───!』
そして、平助もまた叫んでいるのだ。『誰か』の名前を。
『夢』を見た翌日はいつもそうだがその日の授業は散々だった。
遅刻こそしなかったが『夢』のことばかり考えていたからか当てられた問題に答えられず沖田に笑われ、ぼうっとしていて永倉に注意され、原田に不気味だと無駄に心配され、土方に呼び出されて説教。
「はあ・・・・・・」
そしてようやく放課後である。幸い部活は休みだったのでいつもより早く帰れる。帰ってやりかけのゲームでもするかと足早に帰路を行く。
そんなときだった。
いつも通る公園、
花開く、
黄色の花壇、
ポニーテイルの少女、
後姿、
既見感、
揺らいで、
伸ばして消える指先、
向日葵畑、
夢の中の、
最期に見た、
灰の中に、
落ちて消えた、
涙、
叫んだ名前、
「・・・・・・っ」
一気に駆け巡るその情景にずきり、と頭が痛む。それは少女も同じなのかこめかみを押さえて顔を歪める。
そして、かち合った視線。
若草色と褐色の眼に、歪んだ、視界。
「・・・・・・ぁ、」
音もなく、声もなく、はらはらと流れるソレを手のひらで受けて───全てを思い出した二人は笑った。
「・・・・・・はじめまして」
「初めまして」
少女は蕩けるように笑って。
彼は愛しげに微笑んで。
「「また、逢えたね」」
小さな向日葵畑の中で。
今度こそ、哀しみのない笑顔で。
あの日の悲哀を越えて二人は。
また、太陽の下で、笑い合った。
2011
0811〜0903