本棚1
□花火の如く咲け
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京の街は祇園祭で賑わっている。夜の死番担当以外の隊士達はほとんどが祭りに繰り出し、普段は軟禁状態にある千鶴も近藤に浴衣を貰い、珍しく女の格好で昼から非番である沖田や藤堂らと出掛けてしまい、屯所に残る者はかなり少ない。
「あんな人ごみやってられるかってーの・・・」
彼女はその少ない例外の一人。
祭りは好きだが人混みは真っ平御免という矛盾した思考である。そんな彼女は現在、屯所の屋根の上でとある筋から手に入れた上等な酒をちびりちびりとやりながら景色を眺め、その時間を待っている。
「・・・・・・・・・そんな処で何をしている?」
突如掛けられた聞き覚えのある声にびくりと体を震わせて下を見ると呆れたような目をした彼女の上司でもある斎藤が居た。
「花火が上がるのを待っているんです。人混みは苦手なもので」
「危ないだろう。降りて来い」
「ちょっとお酒が入ってるんでそれは難しいかもしれません組長」
彼女は斎藤の直属の部下である。女だてらに時に男以上の働きを見せるためか女だと知っているのは土方と斎藤だけという偉業を成し遂げている。その二人にしたって自己申告なのだから普段から全く女に見られていない。
知っている斎藤や土方からすれば無茶をする彼女に肝を冷やされっぱなしなのだが。
「・・・ならば俺がそちらへ行くことにしよう」
そんなお転婆という言葉でも足りないくらい無茶苦茶な部下にため息を吐きながらも斎藤はそう言った。
「あ、じゃあ梯子下ろしますね」
すぐ後にがらん、と下ろされた梯子。それなりに重いはずの梯子を軽々と扱う彼女に本当に女なのかと首を傾げるのは何度目だろうか。
「押さえておけ」
「承知しました」
そうして斎藤もまた屋根の上に立つ。
「・・・・・・!」
見えた景色に息を呑む。見下ろす形になったからか普段とは違う角度で街が見える。風に乗って聞こえる囃子に賑わう人びとの歓声。いつも以上に提灯が明々と灯り、陽は沈んでいても明るい。それは、とても幻想的で。
「中々良いものでしょう?屋根から見下ろす祇園祭というのも」
トクトク、と澄んだ酒の注がれる音に彼女を見れば並々と注がれた盃を差し出されていた。
「私が使っていたので申し訳ありませんが・・・如何です?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・戴こう」
普段なら有無を言わさず引きずり下ろすがあの景色を見ると今日くらいはいいか、と思ってしまった。
横に腰を下ろし、盃の酒を流し込めばその味に目を見開く。
「この酒は・・・・・・」
「島原で仕入れた『おとっとき』です。他の方には内緒にして下さいね?」
悪戯っ子のように微笑って言う彼女。その酒はかなりの上質なものだった。入手方法が気になる所ではあったがひとまず頷いて素直に楽しむことにした。
「しかし・・・あんたは曲がりなりにも女だろう。あまり危ないことはするな」
「・・・・・・以後、気を付けます組長」
全く反省しているようには見えないが愛嬌のある笑みでそう言う彼女はどこか憎めない。ふ、とほんの僅か斎藤も口元を上げたその時だった。
夜空に、待ちわびた花が咲いて、散る。
「上がりましたね」
「・・・ああ」
やや遅れて大砲のような音が響いた後、ぱらぱらと白色や赤の火花が散る。
「たーまやー、ですね!」
さらに二発、三発と夜空を彩る火花に二人はしばし、魅入る。
「花火って私達みたいだと思いません?」
へらり、と笑いながら言う彼女に斎藤はしばし考え、同意する。
「・・・全くその通りだとは思わんが・・・・・・似ていないわけではない、かもな」
「まあ、斎藤組長には桜とか雪とかの方がお似合いだと思いますけどね・・・私達隊士なんかはぱぁっと咲いてぱぁっと散る、花火みたいだと思うんですよ」
一花咲かせて散っちゃうところとか!
などとどこか洒落にならないことをさらっと彼女は明るく言った。
「・・・・・・・・・」
花火に照らされてゆらゆら揺れる影が彼女の目元を隠してしまっている。
「ほら、このご時世どうなるか分からないじゃないですか!だから───だから、ただ散るんじゃなくて、」
この花火のように輝けたらなあ、なんて。
あくまで声色は明るかった。だけどだからこそどこか切ない。
「・・・・・・・・・・・・そうだな」
斎藤も打ち上げられる花火を見上げてそう相槌を打った。
「ま、私はただで終わる気ありませんけどね!」
そう言う彼女に浮かぶのは、不敵な微笑。調子の良い奴だと呆れながらもそんな彼女を見つめる斎藤の濃紺の瞳は柔らかい光を宿していた。
花火の如く咲け
2011
0704〜0811