本棚1

□梅雨と甘酒と弟と
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またこの嫌な季節がやってきた。風流に言うなら五月雨、つまりは梅雨。あたしは濡れた身体を渡された手拭いで拭いつつ叫ぶ。


「あー、寒っ。これおかしくない?夏なのに寒いっておかしい!だから梅雨は嫌いなのよ!」


「五月蝿いですよ、姉さん」


下がる気温とまとわりつく湿気。そして口喧しい愚弟・・・いや、それは季節関係無かったか。場所は新選組屯所の勝手口。本当にあたしと血が繋がっているのか疑いたくなるほど生真面目で堅物な弟、烝が冷静かつ辛辣にそう言って来た。


「まあ、随分生意気になっちゃって・・・姉さんは・・・・・・姉さんは悲しいっ!」


「どうでもいいので早くして下さい」


「・・・・・・はいはい」


乗ってくれてもいいじゃないかと心の中で思いつつ、あたしは中に入ると厨の一角にもってきたものを置く。


「烝も作り方は知ってるのに、烝の方が力あるのに何でわざわざあたしが持って来なくちゃいけないの・・・」


「姉さんのが一番効くし、ついでだろう?それに・・・・・・」


(こんな時じゃないとゆっくり会えないし)


「それに?」


「とっとにかく、姉さんのがいいからですっ!」


言いかけた所は気になるがそう言われて悪い気はしないので頭一つ背の高い烝の頭をぐりぐり撫でようとした・・・が避けられてしまう。


「何で避けるの」


「子供扱いしないで下さい」


「はいはい」


ちょっとがっかりしたけど気を取り直して。ちなみに持って来たのは大量の甘酒だ。この季節になるとあたしは副業として甘酒を作り、売り歩く。新選組はそのお得意様なのだ。しかし、かなりの量なのでそれなりに辛い。


烝は作業するあたしを眩しそうに見て呟いた。


「姉さんは、変わらないな」


「何が?」


「俺がここに入ってからも姉さんだけは弟と言ってくれる」


他の親族は烝が新選組に入ってからとても冷たく当たるようになった。曰く、『武士の真似事をして何が楽しい』と。


「ばーか」


でも、昔から何も変わってなんかない。あたしにとって烝は真面目で考えすぎで生意気で意外と毒舌でそして・・・・・・可愛い可愛い弟だ。


「どんな道を進もうと、いつまで経ってもあんたはあたしの可愛い可愛い弟よ」


湯呑みに持って来た甘酒を注いで渡す。烝が礼を言って湯呑みに口をつけたところで少し湿っぽくなった空気を吹き飛ばす為にも気になっていることを聞いた。


「で?雪村さんとはどこまでいったの?」


「っ!?」


途端に蒸せた烝。顔は茹で蛸のように真っ赤になっている。


「なっなななな何を・・・!?」


「え?あんたが恋してるあの可愛い可愛い少女のことよまさかまだモノにしてなかったの?」


「というより雪村君が女って何で知って・・・!?」


いやいや、あんな可愛い少女が男なわけがないでしょう。常識的に考えて。妹にしたい可愛さだ。と、いうわけで。


「見たら分かるわよ。それより烝、あんな良い娘滅多に居ないから確実に仕留めるのよ。いい?うかうかしてたら他の男に盗られるから早いとこ捕まえちゃいなさい!協力ならいくらでもしてあげるわ・・・男を見せなさい!」


「あんたは何を言ってんだァァァァ!!」


顔を真っ赤にして叫ぶ烝も可愛いのだけれど私としては早いところおめでたの報告が聞きたいのだ。え?飛躍しすぎって?知らないわねそんなの。


「あんまり叫ばないの。近所迷惑でしょうが。とりあえず、あたしが動いてみましょうか・・・・・・まぁ見てて頂戴。すぐにオとしてあげるわ」


「今すぐ帰れ。この莫迦姉」


ああ、楽しい。



(どうなされたんですか山崎さん?)
(い、いや、何でもない!)


2011
0528〜0704


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