本棚1

□優しい心
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巡察の帰り道、こっそりと千鶴を連れて彼女はある場所に向かっていた。


「どこに行くんですか?」


「ついて来たら分かるよ」


疑問符を浮かべる千鶴を微笑ましそうに見ながら彼女の手を引いて歩く。


夕暮れ刻に彼女の纏う浅葱色の羽織がはためいて綺麗だ・・・などとぼんやり思いながら千鶴は自分とそう変わらないけれど頼もしい背を見る。


「ここだよ」


着いたのは市だった。もう残り僅かの賞品を叩き売りする商人達の声や買い物客で非常に賑わっている。そして彼女が向かったのは荷車に野菜や蔓の束などを乗せて売っている女性のところだった。


「すまない。頼んでいたものを引き取りに来たんだが」


「ああ、お待ちしとりました・・・ちょいと待っといてくださいな」


女性は少し大きめの綺麗に切り揃えられた真っ直ぐな剣のような葉の束を差し出す。それを見て千鶴はようやく気付いた。


「・・・・・・もしかして、菖蒲、ですか?」


「その通り。ここのは質がいいからね。毎年お世話になってるんだ」


そう、彼女は端午の節句に入る菖蒲湯用の葉菖蒲を買い求めに来たのだ。


「いややなぁ。そんなに褒めてもこんなん以外は出せへんよ?」


ころころと笑った女性は二人に花束を渡した。それは、まだ完全には開ききってはいない紫の花。


「いいんですか?いただいちゃって」


「ええんよ。いつも買うてくれるお得意さんやもの!」


珍しい早咲きの花菖蒲だった。少し多めに代金を払ってから二人は帰り道を急ぐ。


「入る時は一緒に一番に入らせてもらおうか」


「はい!楽しみです!」


千鶴は彼女がとても優しい目で菖蒲の蕾を見ていることに気付く。


「菖蒲の花、お好きなんですか?」


「え・・・・・・あ、あぁ、まぁね。一番好きな花なんだ」


彼女は少しどもったものの、ほわりと笑ってそう言った。


「何で好きなんですか?」


それは何気ない疑問だったはずなのだが彼女は真っ赤になって固まってしまい───暫くして「秘密、だよ」と小さく笑って言っただけだった。







「あ、お帰りー。今年も買ってきたんだね、菖蒲」


二人を迎えたのは沖田だった。千鶴が持っている花菖蒲を見ながら意味ありげに見やりながら言う。


「沖田さん」


「まあね・・・・・・じゃ、あとでね千鶴ちゃん」


逃げるようにに何輪かの菖蒲を手に去って行った彼女を見送る千鶴と沖田。


(そうだ、沖田さんなら知ってるかな?)


「あの、沖田さん。聞きたいことがあるんですけど──」


「何?」


長年一緒に居る沖田なら彼女が菖蒲を好きな理由を知っているかと思い、尋ねた時の様子も合わせて問えば彼はクスクスと可笑しげに笑いながらも教えてくれた。


「ほら、彼女も一君や山崎君みたくどっかの誰かさんに忠実でしょ?まあ、それだけじゃないんだろうけど」


ぽそり、と千鶴の耳元に口を近付けて言った。



──菖蒲の花の色は、その誰かさんと同じ眼の色してるでしょ?──



「・・・・・・・・・!」



今度は千鶴が真っ赤になる番だった。沖田は尚笑いながら続ける。


「ま、本人以外は皆気付いてるけどね・・・じゃ、僕らも行こうか。今日の当番だしね」


「は、はい・・・・・・」




(部屋で彼女は愛しそうに咲きかけの花を見つめていた)
(その花のような色を持つ彼を想いながら)


2011
0430〜0527



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