『愛して、なんて言わないわ』なんて───表面だけを飾るのです。
(あいして、わたしだけを)
嗚呼、どの声帯がそんな綺麗事を囀ずるのか?───そう、私。
(おいていかないで)
醜く縋った所で変わりはしないという諦めと、貴方の前では強く在りたいという私の意地。
(どうか、おそばに)
「よく、眠ってらっしゃること・・・」
宴の後、道場に散らばる酒瓶に膳、そして本人たち。彼らは二日後にこの場所を発つのだ。私の愛しい人もまた、その一人。
「一さん・・・・・・」
鉄紺の柔らかな長めの髪、美しい瑠璃のような瞳は今は目蓋の下に隠れてしまっているのだが。
珍しく潰れるまで酒を呑んでいた彼。やはり上洛できるのは嬉しいのだろう。これから彼らは本物の武士となる。私からどんどん離れていく。
「・・・・・・連れて行って欲しい、なんて無理よね」
私とて武家の生まれ、刀はすぐ傍にあり私もまた護身のためと女にしてはありすぎる程度の腕はある。けれど、足手まといにしか私はなれない。
「分かってる、分かっている、わ」
ぽたり、と流れる熱いもの。
それが涙だとは死んでも認めない。それはひとしずくだけ彼の頬に落ちる。
「それでも私は・・・───」
貴方様の、お傍に・・・
「なんて、ね」
泣くのは嫌い。弱いことを思い知らされるだけでなく何も変わりはしないのだから。
隠して笑ってみせよう。全部を。黙っていればそれで全ては丸く収まるのだから。
もう、夜明けが近い。
◇◇
斎藤は静かに目を開いた。小さくなる気配にそっと体を起こす。
「言える訳が、ない・・・」
本当は・・・彼女を連れて行って、誰の為でもない自分の為だけにずっと傍に居て欲しい、など・・・
頬に残る雫の名残に指を滑らせ、ぺろりと舐める。分かりきっていたが泪の味がした。
「もし、赦されるなら───」
斎藤はそれでもその願いを最後まで紡ぐことはなかった。叶うはずのない願いを願うことほど、虚しいものはないと知っていたから。だからせめてと信じてもいない神とやらに願うのだ。
暁よどうか来ないで
(来る別離に耐える時間を下さい)
2011
0210〜0302