本棚2

□酔わされて、狂う夜
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冷たい風が吹き荒ぶとある晩秋の夜。溜まった書類もキリの良いところまで片付いたので土方は何日かぶりにゆっくりと湯浴みをした。体も暖まったし、久しぶりに句を考えるのも良いかもしれないなどと思いながら廊下の角を曲がり、月明かりでいくらか明るい縁側を見た時目に入ったのは。


「お前、なんつーもん呑んでんだ!!」


ギヤマン製の奇妙な形の湯呑みのようなものに入った赤黒い液体を飲もうとしている己の小姓だった。


「あ、副長お帰りなさいですー」


へらりと笑うその人物は現在新選組預かりになっている雪村千鶴の幼馴染み兼旅の用心棒だった少女である。女にしては珍しく書や算術など高い教養があり、机仕事が苦手な隊士が多く、人手が足りなかったこともありめでたく土方の小姓となったのだった。


「『お帰りなさいですー』じゃねえよ!質問に答えろ」


「何でそんなに怒ってるんですかー?ただの葡萄酒ですよー」


彼女のその言葉にぴたりと土方の動きが止まった。


「葡萄・・・酒・・・・・・?」


「そうですーただの『わいん』なのにー」


「そう・・・か」


よくよく見れば赤は赤でも赤紫に近いものであり土方の脳裏に過ったあの忌々しく、毒々しい赤の薬とは全く違う。早とちりしてしまったことを少し恥ずかしく思っていれば彼女が手にあるものを彼に向けて無邪気に言った。


「土方さんもいかがですかー?すごく美味しいですよー」


「つーかそんなもんどうやって手に入れたんだ・・・・・・?」


葡萄酒は舶来品である上にその独特な味から日本人の需要は低く、市場には殆ど出回っていない。値段もそれなりにするはずなのだが・・・・・・


「お金は永倉さん達がちょっと出してくれたんですー。長崎には知り合いも居るのでー」


それでも結構大変だったんですけどねーと笑う少女からはふわりと微かに葡萄の仄かな甘い香りがした。


「いつ攘夷思想のある奴が来るか分かんねえんだ。こんな場所でんな堂々と飲むんじゃねえ」


「・・・・・・・・・わかりましたー。じゃあ副長の部屋で飲みますー」


「お前は自分が女だって分かってんのか・・・?」


あっけらかんと言う彼女に土方は頭を抱えた。あの千鶴の幼馴染みらしく普段はそれなりにしゃきしゃきしているのに酒が入っているからかぽやぽやしていて非常に危なっかしい。


「分かってますよー。でも平助君と千鶴の邪魔はしたくないしー、原田さんは孕まされそうだしー、沖田さんは意地悪いですしー、山南さんは怖いですしー、斎藤さんは無表情で永倉さんは筋肉だしー・・・」


「だからってなんで俺なんだよ」


「土方さんはー・・・経験豊かだって聞いたのでわたしみたいな貧相な躯に欲情したりしないから安全かなあってー・・・・・・」


(──っとにコイツは・・・・・・!)


へにゃりと笑う彼女はあまりに無防備で。酒気を帯びで普段は白い肌も仄かな紅色に色づいている。本人は貧相だとか言っているがそんなことはない。


下ろされた髪を掻き上げる仕草や舌っ足らずな甘い声、おまけに晒しも外しているようで袷から微かに谷間も見えてしまっていて嫌でも『女』を意識させられる。最近は色街にも出ておらず所謂『ご無沙汰』状態である土方にとって今の彼女の姿は正に目の毒だ。


「ね・・・副長───土方さん」



ダメ、ですか・・・・・・?



上目遣いで見上げられ、こてりと首を傾げて言った彼女の動作は止め一撃だった。何かがプツン、と切れた音を最後に土方はやや乱暴に彼女を立ち上がらせて自室へと引っ張った。


「ひじ、かたさ・・・・・・?」


「黙ってろ」


入るや否や持っていた葡萄酒を部屋の隅に置かせ、敷いてあった蒲団に彼女を押し倒す。まだ酔いが醒めておらず、とろりと蕩けた甘ったるい眼差しで見上げる彼女の様子に思わずコクリ、と喉を鳴らした。ぷくりと膨らんだ濡れた唇に吸い寄せられるように彼は己のそれを重ねていた。


「ふ、ぅっ・・・・・・?」


「ん・・・っ」


すかさず舌を捩じ込み咥内を荒らせば葡萄酒独特の甘苦さと柔らかな抵抗から生まれる水音にぞくりと土方の躯が疼く。二人の唇が離れるとつう、と銀の糸が後を引き、ぴちゃりと小さく跳ねた。それを拭い、『男』の目をした彼は低く囁く。



「無防備なてめえに、教えてやる」



つ、と首筋を撫でられひくん、と小さく跳ねた躯を己の躯で拘束した。ぎらぎらと光る深紫の瞳には確かな『慾』がある。



「てめえが言う『貧相な躯』がどんだけ男を───俺を狂わせるか」



覚悟しろ、とその言葉が終わるや否や甘く、激しい熱が彼女を襲った。



あとはもう、ただ溺れるだけ。






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2012
0107


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