本棚2
□思うのは君、ただ独り
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赤、朱、紅、赫、あか、アカ───
「こほっ・・・けほっ・・・・・・」
労咳特有の、独特の籠った咳をしながら沖田総司は気を利かせた少女が開けた障子の間から見える庭先をぼんやりと眺めていた。僅かに切り取られたその景色だけが今の彼が目にできる外の世界。ふと目に入ったのは一輪だけ咲いた彼岸花。
「鳥が、運んで来たのかな・・・・・・」
彼はもう新選組の屯所に居るわけではない。此処は千駄ヶ谷にある主治医である松本良順の知人が営む植木屋。その離れの一室が沖田に宛がわれている。
「かも、しれませんね」
「・・・・・・また来たの」
独り言に応えた柔らかな声にまたか、とそう返す。死病に侵された沖田が過ごすこの部屋に訪れる者は決して多くない。その数少ない一人が松本の内弟子の一人であり、助手でもある彼女だった。
「彼岸花、お嫌いですか?」
「・・・・・・少なくとも、今は好きじゃないかな」
苦笑に滲む隠しきれない嫌悪。嫌でも連想してしまう───死。
「・・・・・・・・・沖田さんは彼岸花の別名をどれほどご存知ですか?」
「そうだね・・・『死人花』『狐花』『幽霊花』『地獄花』『捨子花』───『曼珠沙華』」
それでも、数多ある彼岸花の異名の中でも綺麗な響きであるそれも覚えていた。彼女はそっと微笑んで言う。
「確かにあまり良い意味ではないものばかりですが私もその異名が一番好きなんです」
「・・・ふぅん・・・・・・ねえ、それなに?」
現在、彼女は薬種の手入れをしていた。その手には乾燥した茎らしきものをたくさん持っている。
「これはその『曼珠沙華』の鱗茎ですよ」
その言葉に沖田は目を見開いた。
「実は結構彼岸花って益があるんですよ?」
そして薬効などについて話す彼女はとても生き生きとしていて──詳しい内容、何故それが効くのかというのは難しくて分からなかったが楽しげに話す彼女の様子を見るのは嫌いではなかった。
「沖田さんの今飲んでる薬の一つにも使われているんです」
「そうなの?」
「ええ。このままだと毒があったりするんですけど・・・・・・毒と薬は紙一重。そう思うと面白いものだと思いませんか?」
「・・・・・・・・・そうだね」
きっと、自分はもう永くはない。
浅葱を纏い、刀を持って肩で風を切り歩いていたあの頃はもう遠く、起き上がることすら一人では難しくなってしまった。
「沖田さん。生きる気力を無くしちゃあ、駄目ですよ」
それでも沈もうとする沖田を彼女はこうして引き上げてくれる。確実に近づく死に怯えながら、また明日を生き抜く。刀を持ち、血を血で洗う戦いではないが確かに彼は『闘い』に身を投じている。
「分かってる、よ」
弱々しくもその翡翠にある光はまだ消えていない。彼女は安堵したようにまた微笑んでまた話し始める。少しでも彼が病魔の熱に囚われ沈むことのないように。
思うのは君、ただ独り
2011
1007〜1120