短編集

□忘れられない
1ページ/8ページ

別れて十年も経つのに、忘れられないオトコがいる。

付き合ったのは、たった一年だけなのに、いまだに引きずる恋心。

高校卒業後に就職した会社で、その人と出逢った。

私より8歳年上で、大人な男性。

仕事も出来て、上司の信頼も厚く、面倒見も良いので部下や後輩にも慕われていた。

女子高時代は彼氏も作らず、またバイトもしたことが無かったので、
男性の働く姿を間近に初めて見て、その采配をふるう格好良さに惹かれていき、
その人を上司として尊敬する以外にも、別な感情が芽生えていた。

でも自分から告白する勇気もなく、一緒の職場で仕事をして、彼のサポートをして
ただ傍で見つめているだけで満足だった。
仕事や独り暮らしにも慣れ、順風な生活を送っていたが、ある日、
退社後、最寄りのバス停まで歩いていると、外回りから戻ってきた彼が
社用車の窓から声を掛けてきた。

「お疲れ様。突然で悪いけれど今から少し時間取れる?
すぐ戻ってくるから、そこのコンビニで待っていてくれるかな?」

仕事だったら、一緒に会社に戻ろうかと思ったのだが、そうではないらしい。

私が自分で気づかないミスをして、人前では注意することを憚(はばか)って、
別な処で話をするのかなと少し神妙な面持ちで待っていると、
彼の車が駐車場に停まった。

車内から、本を立ち読みしていた私に手招きをしたので、運転席まで行くと、
「お待たせ。さぁ乗って」と、助手席のドアを開けた。
どうして、こうなっているのかなんて分からないけれど、
好きな人の車に、それも助手席に乗れるなんて夢を見ているみたいで、
緊張とトキメキが一緒になって、鼓動がドキドキと音を立てるから、
隣にいる彼に聞えてしまわないかと心配になった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ