>カカイルSS

□窓の外
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 埋め立て地に立つ新築マンションの、七階ベランダから見渡す夜の景色は、海に似ている。
 ポケットからくしゃくしゃになった煙草を引っ張り出し、一本銜えて火をつけながらカカシはそんなことを考える。
 闇に沈んだ開発途中の広大な空き地と、その狭間にぽつりぽつりとそびえる巨大マンション。既に入居待ちが出ているという湾岸沿いの新しい住宅地は、ニューファミリーの為の新天地謳うだけあって明かりも豊
富だ。オフホワイトの建物群と、道なりに煌々と照る街灯。
 夜の海と、灯台。
 十一月の冷たい空気に浸りつつ、カカシはそんなファンタジックな妄想を巡らせる。銜え煙草からのぼる煙が、潮気混じりの穏やかな風に吹かれて流された。
「……カカシさん? まだですか?」
 からりと戸の開く音がする。続く声に振り返れば、暖かそうなカーディガンを着込んだイルカがガラス戸の隙間から顔を覗かせていた。
「そこ、寒いでしょう。風邪引きますよ」
 言った途端、ぶるりと首を竦めるイルカにカカシは夜景へと向き直った。
「あなたこそ、そんな格好で出てきちゃいけません。また喉にきます」
 友人が上気道炎を起こすときの癖。揶揄するように言えば、背後でイルカが大丈夫ですよと拗ねたように言った。
 ぺたん、という音がする。並べてあったもう一つのつっかけ履いてベランダに出たイルカは、「うわさむっ」と反射のように言った。
「ほら、だから」
「いいんです。ちょっと風に当たりたいんです」
 強がるように言ったイルカの頬は多分赤く染まっている。口調は変化がないから三人でワイン二本空けたにしてはまともな方だろう。彼は覿面に酒に弱い。酔うとすぐろれつが怪しくなる。
 昔から、ずっとそうだ。
 カカシが見ていた風景を、隣に立ったイルカが覗いて声をあげた。
「……うお」 
 その姿は水族館で水槽を覗く子供の様によく似ていた。知らない世界を覗き、目を瞬かせる小学生くらいの少年。
「すげえ……夜はこんなんなるんだ」
 知らなかった、と呟くのを聞きつつ、カカシは手すりに背を預けた。
視界からイルカが消える。
「はじめて?」
「ええ」
「そりゃおかしいな」
 携帯灰皿に煙草を押し込む。
「そうですか? なにせ引っ越してきたばっかりですから」
「ますますおかしい。普通やるでしょう。最初の日に」
「は?」
 二本目を引っ張り出しながらカカシは言った。
「ベランダで、眼下の夜景を見て、これからの生活に思いを馳せる。
『幸せになろうね、僕たち』『ええ』。それから部屋に戻って初のベットイン。……新婚さんってそういうもんでしょう」
 シガレットに火を移していると、イルカがこちらをみた気配がした。
「……なんですかその偏った想像」
「そんなもんでしょう新婚なんて」
「ありきたりすぎます」
「今の時期こそオーソドックスを大事にすべきですよ。これからはイレギュラーだらけなんだから」
 イルカが呆れたように息を吐いた。
「見てきたようにいいますねえ」
「一般論です」
 カカシの視線の先、細く空いたままのガラス戸の隙間で、ひらひらと白いレースが揺れている。その後ろは草花の刺繍のある遮光カーテンだ。軽やかな甘い柄を前に、嫁さんの趣味なんです、と恥ずかしげに言ったイルカの顔を思い出す。

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