>カカイルSS

□七味と酔漢
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蕎麦つゆは、濃い方が良いとカカシは思う。

 濃いと言っても塩辛いという意味ではない。醤油だけで真っ黒になって、口に入れてもただただしょっぱいようなのはお断りだ。そんなのに伸びた蕎麦でも入れられた日には、あまりに惨めで目も当てられない。
 そうではなく、味が濃いと言うことだ。
 きちんと出汁が取ってあって、それを邪魔しない程度に醤油が利いているのが良い。
「へい、かけ一丁」
 微妙なアクセントのある声がして、カカシの前に狐色の出汁をはった蕎麦が置かれる。
しんしんと寒い冬の夜、足下から這い上がる冷気に凍えかけたカカシの頬に、暖かな湯気がふわりとあたる。
 これだよこれ。屋台の醍醐味。
「親父さん、卵」
「はいよ」
 鉢巻きをした、これぞ屋台の親父、といった感じの男が、机の端で卵を叩いて丼に割り入れる。
 親父、と呼んではいるが男は若い。多分カカシと同じか下くらいだろう。
何を思ってこんな人気のない場所で屋台を始めたかは知らないが、出す物がうまければカカシはそれでかまわない。
 四人掛けの椅子があるだけの、小さな屋台。場所は里の繁華街から外れた住宅地の端、アカデミーまで歩いて五分という、殆ど人気のない場所だ。酔客目当ての商売にしては、店を開くところがずれている。
 その所為でいつも空いているから、カカシはやっぱりかまわない。
 卓の端に置かれた七味を手に取ったカカシが、さあかけようと気合いを入れた時。
 背後でぱしゃぱしゃっと人の足音がした。
 ……ぱしゃぱしゃ?
「親父さん、雨」
「うひゃーっ、濡れた濡れたっ」
 問いかけようとした言葉は、勢いよく走り込んできた客の声にかき消された。
「雨だよ雨、親父さん外に出してるやつ濡れちゃうぞ」
「うわ、まずい」
 お客さんちょっと失礼、と律儀にカカシに声をかけて、店主はばたばたと外へ駆け出す。
 口を半開きにしたままだったカカシは、疑問も解決した事だし、と改めて丼に向かった。
すると何やら銀色の小さな円盤状の物が、出汁に浮いているのが目に止まる。
 そしてこの、蕎麦の上で小さな赤い山を作っている物は何だろう?
「……」
「……カカシ、先生?」
 上から降ってきた小さな問いかけに、片手で持てるほどの丼がもたらした思いの外大きな衝撃に固まっていたカカシは、ゆっくりと顔を上げた。
「ああ……イルカ先生」
 すっかり軽くなった七味の缶を握りながら、カカシはにへらと引きつった笑いを浮かべる。
「どおも。お元気ですか」
「はあ、俺は元気ですが……」
 里を代表する上忍からの間の抜けた挨拶に、そこらから慣れた様子でタオルを取って濡れた髪を拭いていた中忍教師は首を傾げた。
「ええと。カカシ先生はお元気ですか?」
「ええそりゃもう。これ以上ないってくらい絶好調ですよ」
 カカシははははと乾いた笑い声をあげ、イルカの顔がタオルに隠れた隙を狙って七味の缶を後ろに放り投げた。
 そして割り箸を丼に突っ込み、えいやとばかりにかき回す。美味しそうな狐色だった出汁が、丼の中でたちまち真っ赤に染まった。
 こうなりゃやけだ。食ってやる。
 覚悟を決めたカカシが、勢いよく蕎麦をかきこもうとしたその時。
「七味、お好きなんですね」
 ようやく人心地ついたのか、カカシの傍らにちょこんと腰掛けたイルカが、丼を覗いてにこにこと笑いながらそう言った。
 ……お前のせいだよお前の、とは言えなかった。

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