>おお振りSS

□トキカケ 
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ちんちろりん、と薄いガラスの鳴る音がする。
「にしうらわなつまつり」の文字が浮く提灯。細く丸い形のそれが、やさしいオレンジの光をおろす細い道で、花井は不意に耳に届いた小さな音に足を止めた。
並ぶ屋台と行きかう人の隙間でくるりと首をめぐらせ、耳の隙間に忍び込んだ音の出所を探す。
「――あれか?」
朝顔の鉢の上、渡したタケザオに何か綺麗なものがぶら下がっている。きらきら光る丸いガラスと、ひらひらした細長い紙。
なんだろう、としげしげ眺める花井の先、からからん、と下駄を鳴らして歩いていた短い黒髪の頭がくるんと振り向いた。
「花井?」
立ち止まった瞬間、間に何人か人を挟んでしまう。あ、と花井が小さな体を見失いそうになった時、器用に人波を避けてするりと移動した田島が、ひょいと花井の前に立った。
「どした?」
もう一度、なんだか楽しそうに聞いてくる田島は和風のシャツにズボンを身につけている。花井の目には随分と奇妙に見えるその服は、ジンベエと言うのだとさっき教わった。
「あれ、なんだ?」
指で示した花井に、一緒の方向を見た田島が、ああ、と頷いた。
「フーリンだよ」
「フーリン?」
「うん」
ニヤッと笑う。
「知らない?」
いかにも馬鹿にしたような顔をされ、花井は少々むっとする。
「悪いかよ」
「いーや」
もっと絡んでくるかと思ったら。田島はあっさりとそう言った。こいこいと花井を道の脇に寄せ、客かと顔を上げる店先の親父ににっと笑う。
おうゆうちゃんかい。うん。ともだちかい。うん。
軽い会話を交わし、店主は花井をちらりと見た。瞬間頭を下げた花井に、鉢巻の顔をくしゃりと歪め、楽しんでいきな、と浅黒い笑顔を作る。
俺がこんなん買うわけないってわかってんだよ。田島は当然のようにそう言って、ちりちりと音を立てるガラス玉を見上げた。
「涼むんだよ」
「スズム?」
「風がふくとなるだろ。リンリンて」
リンリン。呟きながら花井は並ぶフウリンとやらを眺めた。
そー。田島が言って握っていた紙でできた丸い羽みたいなものをはためかせる。「町内会」という文字と花火の絵柄が忙しなく動いて、チリチリチリンとガラスが賑やかに鳴った。
「だから、フウリン?」
「そー」
「……涼しいか?」
訝って言った花井に、田島は一瞬きょとんとして、それからにやあと笑った。
「わかる。うぜーよな」
「うん」
「でもさあ、すずしいんだって」
じーちゃんとばーちゃんが言うんだ。
祭のオレンジに照らされたそばかす顔がそう言う。じーちゃんとばーちゃん。その単語を口にする時、田島はいつも少し得意げになる。
「音で涼むんだって」
「音で?」
「そ。……うちにあんのはさ、もうちょっと違う音なんだ」
こんなきれいじゃなくてさ。青い鉄でさ。田島はぱたぱたと羽……うちわと言うのだそうだ……で顔を扇ぐ。
「リーンリーンっていう」
「……鉄がか」
うん、と田島は頷いた。
「伸びるんだ、音が。きいてっと、眠くなるぜ」
花井は田島を見下ろした。
「涼しくて?」
「……んーっと」くるんとした黒い瞳が宙を泳いだ。「多分そう!」
にへっと笑う顔に、花井は肩をすくめた。
「どーだか」
「あ、うそじゃねーぞ! マジ眠くなんだって!」
「すずしくねーじゃん」
「一緒だってば!」
ふん、と両手を腰にあてた田島が花井を見上げた。

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