>おお振りSS

□雨と観覧車
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窓に張り付いて外を見る。曇りガラスの向こうは雨だった。

 かなり大粒の、派手な雨だ。花井のアパートの風呂場。その脱衣所。換気用の、狭くて細い窓ガラスを通しても、バラバラと雨粒が世界を叩く音が田島の耳に届く。

 つうつうと滴る雨雫。ガラスを滑るそれの横に、頭にタオルをかぶったまま、は、と息を吐けば白い雲ができる。ごしゃごしゃと髪を拭きつつ視線をおろせば、アパートの中庭が目に映った。つやつやとした緑の葉を繁らせた枝垂れ桜。

 中庭を挟んだ向かいの部屋は暗かった。花井の話では共働きの新婚夫婦が住んでるらしいから、買い物にでも行ったのだろう。雨の日曜日の昼過ぎ。こんなにふさわしい時間もないかも知れない。

「……なんだ」

 田島が若夫婦の行き先を想像しながらぼんやりしていたら、背後でしゃっと脱衣所のカーテンが開いた音がした。

「まだここにいたのか」

 さっさと着替えねーと冷えるぞ、と。

 呆れたように言った花井が、曇りガラスに薄く映っている。Tシャツにカーディガン羽織って、片手にはさっきまで居間のソファで使っていた携帯を持って。

 花井は寒がりだ。

「なんか見えるか?」

 洗濯機のわきを通り、横に来た花井が不思議そうに言って外をのぞく。狭くて細い窓だから、T慌ててTシャツをかぶる田島に覆いかぶさるような形になる。カーディガンの毛羽立った布地の感触が、Tシャツの薄い布地を通ってそっと田島の肩に届いた。

 花井は、すげー雨だな、そうつぶやいてそれきり黙った。

 田島もああとだけ頷いてまた外をみるふりをする。でも知ってる。こいつがこの位置にきたら、俺はもう外なんか見てられない。桜も若夫婦も一気にどうでもよくなって、ただ隣の暖かな気配を感じることに専念する。

 感じて、覚えて。このリアルさを忘れないように。きっちり貯めておく。

 とても、必要なことだ。忙しい営業部所属のサラリーマンと、ようやく一軍に戻れたプロ野球選手。月に一二回会えればいいほう、共に日をまたぐことなどめったにないという二人にとっては、とても大切なこと。

 すうと湿った空気を吸い、目を閉じる。視界がゲンミツに邪魔だった。抱きしめてキスして繋がって、昨晩さんざん抱き合ったはずなのに何故だろう。今この瞬間のあたたかさのほうが、何倍にも尊い気が田島にはする。

「眠いんなら布団で寝ろよ」

 目を閉じたまま黙っていたら、そっけない声がした。そして少しの間をおいて、「ベッド、片づけたし」と言い辛そうに付け加える。

 照れるのもしゃくで面倒さを装ってはみたが、どうにも根が素直で気づかいが声に出てしまう、花井特有の言い方だ。


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