Dream

□幸福論
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「水泳クラブ?」

帰り道、楽しそうに、だけれど少し不安そうに私に告げた彼、綾瀬川次郎。私の幼なじみ。
美しくて綺麗でかっこいい、私の好きな、男の子。

「水泳のクラブって前も行かなかったっけ?」
「別のとこ!」
「そっか、まあクラブはたくさんあるもんね」

よかったね、と私が返すと次郎は大きな目を細めてにっこりと笑った。

「次郎はすごいよね」
「…なんで?」
「うん?挑戦する心が」
「あ、そっち」
「それ以外ある?」
「ん、無いね」

お前はさ、と嬉しそうに呟いた次郎に私は申し訳ないと咄嗟に思った。一瞬でも次郎を勘違いさせてしまったことに対してだ。
それを言うと優しい次郎は困ってしまうだろうから、私は何も伝えなかったけれど。

「私さ」
「うん?」
「次郎に幸せになってほしいよ」
「え?」
「いつも思ってる」

ぶわわ、と顔を真っ赤にした次郎を見て私は数秒の後、自分がとんでもないことを言ったのだと理解した。それでも、一度口から出た言葉を引っ込めることは誰にもできない。
私は開き直って自分よりもずっと背が高い次郎を見上げた。

「お、オレ幸せだよ?!」
「そうなの?」
「お母さんもいるし!ミカ姉もいるし!まゆもいるし!あとたまにお父さんもいるし!」
「そ、そっか」

真っ赤な顔で早口でまくし立てる次郎に気圧されながら何度も頷いた。
あまりのことに私の意地もいつの間にか消えていた。

「名前もいるし!」
「…へ?」

意味がわからなくて、足を止めてかたまってしまった。

「私がいると次郎は幸せなの?」
「そう!」
「うそだぁ」
「うそじゃない!オレは名前がそばにいてくれたら幸せなんだ!」

うそだ、と茶化した自分を深く反省した。
次郎は、本気だった。
背が高くてすらりと長い手足で私への気持ちを懸命に表現していた。
次郎のために、私は自然と素直になれた。

「私も次郎がそばにいてくれたら幸せだよ」
「ほんとか?!」
「うん、本当」

大きな手へ自分の小さな手をそっと伸ばして、そのまま握った。
次郎はびくりと身体を震わせた後、私を見つめた。
夕暮れの中、私達は静かに、けれど確かに目をそらさない。

「ありがとう次郎、嬉しい」

頬が熱い。もしかしたら次郎には、赤くなっていることがわかってしまっているかも。
それでも、私は目も、手も、離さなかった。

「帰ろう」
「う、うん」

止まっていた足を動かして、帰路に着く。

次郎の幸せのためなら、私はずっと次郎のそばにいよう。
そう、決めた。

たとえそれが、地獄だとしても。



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