Dream

□彷徨う手を握って
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「千歌、曜ちゃんとスクールアイドル結成したって本当?」
「うん…でもぜーんっぜんうまくいかなくて…」

机に顔を伏せ、今にも消え入りそうな弱々しい声で返答する千歌の頭を優しく撫でる。いつ見ても柔らかで美しい髪に指を通した瞬間、あまりにも勢いよく顔を上げるものだからひっと小さく悲鳴を上げた。目をらんらんと輝かせる千歌が言わんとしていることはすぐに分かって。

「一緒に「やらないよ」…まだ何も言ってない!」
「私がバイトと図書当番で忙しいの知ってるでしょ」
「そ、そこを何とか…曜ちゃんも水泳部と両立させてくれてるし!」
「あんたねえ、曜ちゃんは特別な人なのよ?水泳とスクールアイドルを両立させるだけの器量があるの。私と一緒にするなんて曜ちゃんに失礼だよ」
「ごめんなさい…」

うう、と力なく唸ったあと千歌は再び机に顔を埋めた。本題はここからだ。私はこの話をするために、彼女のためにここに来たのだから。

「そんな千歌に朗報。一年生に可愛い子がいるよ」
「え?!誰?!」
「国木田花丸ちゃんっていうの。同じ図書委員なんだけど」
「知ってる!花丸ちゃん!!すっごく可愛いよね!」

ありゃ、知ってたのか。流石花丸ちゃん、もう有名人ね。それなら話が早い。

「私、あの子アイドルに向いてると思うの」
「だよねだよね!」
「あ、もう行かなきゃ。じゃあ、まあ、千歌、頑張れ。私に出来ることがあったら協力するから」
「ありがとう〜!」

ぶんぶんと元気よく手を振る千歌に私も軽く手を振り教室を足早に後にする。今日は放課後の図書当番だ、早く行かなくちゃ。


図書室の少したてつけが悪くなっている戸を開き入室すると、古びた本の匂いと、かび臭いものが混ざりあっている独特な匂いがする。戸を閉めながら誰もいないことを確認し、そそくさとカウンターへ。引き出しを無遠慮に開くと、そこにはウェディングドレスのような白く美しいきらきらとした衣装を身にまとった星空凛が、マイクを両手で可愛らしく持ちながらこちらを見つめていて。
数秒見つめ合った後、引き出しをゆっくりと閉める。深い溜め息をつきながら古びたキャスター付きの椅子に腰掛けた。


国木田花丸という少女の憧れの象徴、μ'sの星空凛。
私も、私も大好きだった。きらきらして本当に星空みたいな彼女が大好きだった。
あの時、までは。

とあるアイドル雑誌にて、星空凛へのインタビュー記事があった。そこで彼女はこう語っていた。
「自分にアイドルなんて、向いてるとは思っていなかった」と。
人々は彼女の過去に涙し、悲哀の感情を覚えただろう。
私は涙なんて出なかった。呆然とすることしか出来なかった
自分にアイドルなんて向いてない?じゃあ、それじゃあ、あなたより美しくも可愛くもない私は、私は?
私は、わたし、は?
アイドルになる資格さえ、目指すことさえ、許されない?

アイドルに、なりたかった。
願わくば、μ'sのようなスクールアイドルになりたかった。その中でも、華麗に美しく、そして軽やかに踊る星空凛が大好きだった。

でも、私はもう何者にもなれないのだと分かってしまったのだ。嫌というほど、自分が凡庸な人間だということを味わった。

それなのに、いや、そうだから、なのか。国木田花丸という少女に、自分の中からどこかへ行ってしまった「何か」の面影を見てしまう。重ねてしまう。彼女にひどく焦がれることが、自分の失ったものを持っている彼女への執着なのか、それとも純粋な好意なのか分からなくて怖い。

好きなのは彼女なのか、自分なのか?

分からない、分からない、分からない。誰か助けて。誰か、誰か。
私の必死な叫びはいつも誰にも届かない。知っている、こんな残酷なこと、昔から嫌というほど知っている。

「…逃げたいよ」

逃げられるわけないよ。嘲笑う声が遠くからぼんやりと聞こえた。その声は私の幼い時の声にそっくりだった気がした。




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