Dream

□醜くて残酷なこの世界で
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「順平」

河川敷の、古びたコンクリートの階段。鈴が転がるような、透き通る声が響いた。
すぐに彼女のものだとわかった。振り向いて、軽く手をあげる。彼女も自分と同じように、ふわりと手をあげた。

「いつも待たせてごめんね」

僕の横に座りながら、申し訳なさそうな声色で謝罪する彼女に首を横に振った。

「学校遠いんだし、仕方ないよ」
「うん…」

スカートの裾を気にしながら、それでも悔やんでる様子で頷いた彼女。

どこかのデザイナーが作ったという、とてもかわいらしい制服を彼女は身にまとっている。清楚で愛らしくて、すごく似合っている。
でもそれは彼女にとって、鎖なのだろう。
糖衣された、重たい鎖。

有名な女子校に入学したのも、彼女の本意では無いからだ。
ありふれた、親の言う通りにしろという理不尽。
僕達「子供」は、結局親の言う通りにしろと言われたら、拒むことはできない。

順平と同じ学校に行きたかった、と泣きじゃくる彼女を今でも鮮明に思い出す。

だけれど、今自分の置かれている状況を考えると、彼女は僕と同じ学校に行かなくて良かったのだろうと強く思う。

「ねぇ、順平」
「ん?」
「よかったらなんだけど…これ、食べてくれないかな?」

学校の指定の通学鞄だという紺色の鞄から、かわいくラッピングされたマフィンが出てきた。
ふわりと甘い香りがして、思わず目を細める。

「調理実習で作ったの。結構おいしくできたと思う」
「いいの?」
「うん、順平のためにがんばって作ったから」

僕の、ため。ぶわりと頬が熱くなった。
おずおず、といった様子で受け取り、結ばれているリボンをとる。先程以上の甘い香りに包まれた。

「いただきます」

口の中に広がっていく、丁度いい甘さの波。咀嚼するごとに味わいが深くなる。

「おいしいよ」
「本当に?よかった」

ほっとした様子で笑った彼女がかわいくて、ひどくどきりとした。それを隠すようにぱくぱくと口に運ぶと、マフィンはあっという間に無くなった。

「ごちそうさまでした」

手を合わせながらそう言うと、彼女は屈託のない笑みを浮かべた。
昔から変わらない、その笑顔。
僕は何度、彼女の笑顔に救われただろう。

目を細めながらも、柔らかそうな唇を思わず見つめた。

「順平」
「うん?」
「キス、してもいい?」
「へ、」
「いや?」
「ちが…!僕もしたいと思ってたから…驚いて…」
「ふふ、そっか」

体温の低い彼女の手が、僕の頬を優しく撫でた。
そのままゆるりと引き寄せられ、そっと僕達の唇は重なった。

ああ、この幸せな時がずっと続けばいいのに。

醜くて残酷なこの世界では、到底叶いそうもないけれど。

それでも、願うことだけは、どうにもやめられそうになかった。




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