Dream
□ビターカフェラテの香り
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「何か用かな、天童くん」
そろりそろりと彼女の背中に近付けていた身体がぎく、とかたまる。息を殺して、音なんてたてなかったのに何故分かってしまったのだろうか。
「いや〜、うん、ちょっと驚かそうかと思って」
「そっか」
俺の方に振り向いて、少し素っ気なく感じる言葉で苗字さんは返事をした。すくっとイスから立ち上がり、なんでもないように帰り支度をはじめた彼女に駆け寄って慌てて問いかける。
「何でいつもわかっちゃうの?」
「何で、って」
彼女の目が俺を射抜く。まるで美しい黒曜石の矢のようなそれに、ひどくどきりとした。目が離せなくて、しん、とその場が静かになる。
「匂いがするから」
「におい?」
…ま、まさか。
「俺ってばそんなに臭っちゃってる?!ケアはちゃんとしてるヨ?!」
「ああ、ごめん、体臭っていう意味じゃないよ」
むしろ天童くんからはシトラスのいい香りがするよ、なんて彼女は眉を下げながら笑った。
…俺、口説かれてる?顔が熱いです。
「何て言えばいいのかな…天童くんの気配には色がついていて、そこから匂いがする、みたいな」
だからわかるの。
そう言ってかばんを肩にかけて教室を後にしようとする彼女の腕を思わず掴んだ。
自分のものよりうんと細いそれに驚いたけれど、こんな行動をした自分により驚く。
「びっくりした…なに?」
「それって、さ」
「うん」
「どんな匂い?」
心臓がうるさくなる。耳を塞ぎたくなる。逃げ出したくなる。俺、おかしくなっちゃったのかな?
しばらく間があったあと、彼女の声が転がった。
「私好みの匂い、かな」
妖艶に見えた彼女の笑みに、俺はただ、為す術もなく見つめることしかできなかった。