Dream
□殺されるならあなたがいい
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神様ってこういう姿をしているのかもしれない。榛名元希という男を見る度、ぼんやりと思う。
人を惹き付けも突き放しもする美しい容貌、大きな身体、そこからずるりと伸びる長い手足、激しい言葉の中に時折交じる優しい言葉、そして数多の才能を身に纏い喝采を浴びる。
そんな神様の恋人である私は、ただの粗末な人間だ。
「綺麗な顔」
焼けた頬をするりと撫でる。気持ちよかったのか、猫のようにすうっと目を細める姿は愛らしい。
「まあな」
「絵画とか石膏とか、何らかの方法でかたちにして後世に残しておくべきだと思う」
「まー、そんくらいしてもいい顔だわな」
だねぇ、なんて気の抜けた返事をしながら頬を優しく撫でていた手を止めた。
「ねえ、榛名」
「何だよ」
「別れよう」
「…は?」
糸が張り詰めるかのようにしん、と静まり返った。突き刺さるかのような痛いほどの沈黙。
「お前…今なんつった?」
「榛名と別れたい」
「………」
絶句、という言葉が今の榛名にはぴったりだった。
「…意味わかんねぇ!!!」
怒号が室内に響く。突然のことにびくりと身体を震わせた。恐怖を誤魔化すようにスカートをぎゅうっと握りしめる。
「俺お前になんかしたか?」
「………」
「…他に好きなやつでもできたのか?」
「………」
「俺のこと嫌いになったのか?」
「………」
「俺に…愛想つかしたのか?」
「………」
どれも違った。けれど、違うとはどうしても言えなかった。喉にひっかかって言葉に出来なかった。
「俺は絶対別れねぇからな」
立ち上がって語気を荒らげる榛名を見上げる。
どうして?、どうして。
「どうしてそこまで私に執着するの」
うつむいて呟いた。二の腕を強くつかまれ驚いて顔を上げると、榛名の綺麗な顔がぐしゃぐしゃに歪んで、潤んだ瞳は光を受けてきらめいている。
あまりの光景に目を見開く。
「好きだからに決まってるだろ?!」
はあ、はあ、と大きく肩で息をする榛名に目を細めた。緊張でかたくなる口を何とか動かす。
「私がいなくなっても、榛名にはすぐ彼女ができるよ」
「は、…」
「榛名のことが好きな子は、たくさんいるよ」
榛名の美しい横顔を見て、引け目を感じてしまったことを鮮明に思い出す。
自分が彼の隣にいることが、怖くなってしまった。
こんなにも醜い矮小な人間が神様の隣にいていいはずないんだ。そう思ったらもう、何もかも恐ろしくなってしまった。
「私と一緒にいたら、榛名が汚れちゃう」
しん、と室内が静かになる。空気が張り詰めて、時計のかすかな秒針の音だけが聞こえる。
「じゃあ俺のこと汚してみろよ」
突然の言葉に思わず目を丸くする。そんなことを言われるとは微塵も思っていなかった。
さようなら、と別れを告げられるのだと思っていた。
「駄目だよ、だって榛名は神様なんだから」
「…神様、ね」
悪い気持ちはしねぇけどな、と榛名は吐き捨てるように笑う。
「お前と一緒にいられないのなら、神様なんてくそくらえだ」
大きな身体が私を包み込んだ。強く抱き寄せられる。高い体温に思わず絆されそうになる。
「お前が好きなんだ…愛してるんだよ」
だから。榛名の声が震えながら紡ぐ。
「だから…どこにも、いかないでくれ」
震える背中にそっと腕を回した。力が入る彼の両腕に押されるようにかたい胸元に顔を埋める。あたたかくて、淡い彼の香りがした。
いけないと思うのに愛しくてたまらなくて、私の涙で汚してしまう気がしたけれど止まらなかった。
私を好きだと、愛しているというたったひとりの美しい神様は、麗しいのに弱くて儚い人間だった。