Dream

□プラスチック生命体
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「新開くんって兄弟がいるの?」

この世で一番聞き慣れた、この世で一番大嫌いな質問。夕焼けに照らされる苗字さんの顔を細めた目で睨みつけながら、淡々と答える。

「兄貴がひとりいるけど」
「そうなんだ」
「…何でそんなこと聞くわけ?」
「クラスの近くで上級生の人たちがよく騒いでるから」

内心で大きな舌打ちをする。あいつらは俺に不利益をもたらすことはあっても、利益をもたらすことは絶対にない。忌々しい烏合の衆め、今すぐ全員いなくなればいい。

「苗字さんはどうなの」
「私?ひとりっこだよ」

嗚呼、ここから先紡がれる言葉を俺はよく知っている。
""だから兄弟がいる新開くんが羨ましい""
羨ましいもんか。どいつもこいつも、何も知らないくせに好き勝手言いやがって。ほうきをきつく握りしめて湧き上がる怒りに耐える。

「でも、兄弟がほしいとは思わないかな」
「…は?」

思いもしなかった言葉に面食らい、間抜けな声を出してしまう。

「何で?」
「…聞いても変だって笑わない?」
「時と場合による」
「いや、そりゃそうだけど」 

眉を下げて困ったように笑ったあと、苗字さんは咳払いをして口を開いた。

「…自分と似たような顔している人間が自分の嫌いなものが好きだったり、自分の好きなものが嫌いだったりしたら…それってすごく気持ち悪いでしょ」

薄い陰を落とした白い横顔を目を見開いて見つめた。足元が揺らぐような感覚に目眩がする。

「だから私は、ひとりっこでよかったと思うよ」

だらりと力が抜けた手からほうきが滑り、机に当たってけたたましい音を立てながら床へと落ちていく。それと同時に生ぬるい何かが自分の頬を伝っていくのを感じた。

「え、新開くん?」

彼女の姿がぼやける。いつの間にか、俺は泣いていた。

「ど、どうしたの?どこか痛いの?」
「…目にゴミが入った」
「どうしよう…あっ、これ使って」

スカートのポケットから取り出されたハンカチを手渡される。静かに受け取り、強く目元を拭った。

「鏡もあるよ、ちょっと待っててね」

苗字さんは慌ててほうきをたてかけると、自分のロッカーに走りより慣れた様子で鞄から手鏡を出し俺の方へ再び駆けてきた。シンプルなデザインの鏡を覗き込み、自分の濡れた瞳を見つめる。
鏡越しに彼女が俺を見ていることに気が付き、少し顔を上げた。

「…何かついている?」
「ううん」
「じゃあ、なに」
「前から思ってたけど…新開くんの目って、本当に綺麗だね」

ルビーが埋まってるみたい、と無邪気に笑った彼女に息が詰まる。
生ぬるい涙がまたこみ上げてきて奥歯を強く噛んだ。

本当は俺も気持ち悪いと思っていたんだ。
自分と同じ顔の隼人くんが気持ち悪くて、隼人くんと同じ顔の自分も気持ち悪くて。
隼人くんと同じは嫌なのに、どこまでいっても同じで。
ただこの赤い目だけは別だった。隼人くんの青と正反対の、爛々とした赤。それだけが俺の救いだった。

心配そうに震える黒い双眸を見つめ返す。何か言わなくちゃいけないと思うけれど、何も出てこない。ざわざわと騒ぐ気持ちがはがゆくてもどかしくて唇を噛んだ。

「新開くん、大丈夫?」
「………」
「新か「悠人」…え?」
「悠人って…呼んでよ」

振り絞って出た自分の声は、悲痛な叫びに似ていた。おかしなことを言っているのかもしれない、でも彼女には…苗字では呼ばれたくはなかった。隼人くんと同じは、嫌だった。

「…悠人、くん?」
「!」
「悠人くん」

たまらない気持ちになる。溢れ出しそうな涙を誤魔化すようにハンカチで目を覆った。泣いているとわかったかもしれない、もうそれでも良かった。
小さな手が遠慮がちに頭を撫でる。俺は何も言わず、ただ彼女の行為を受け入れた。
心地いいと思う自分に戸惑う。戸惑うけれど、彼女を跳ね除けようとは微塵も思わなかった。

彼女だったら俺のことを理解してくれるのだろうか。受け入れて、くれるのだろうか。

淡い期待を飲み込んで、俺はただ目を閉じた。

title:彼女の為に泣いた



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