Dream
□滲むエレジー
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「お前は変わらないな」
ぽつりと言葉をこぼすようにアーロンさんが呟いた。
それは嘲りも賞賛も含まれていない、混じりけのないものだった。
あまりにめずらしい彼の言葉に、驚きで目を丸くする。
数秒の後、おそるおそる口を開いた。
「…そうですか?」
「ああ」
「自分ではそう思わないですけど…」
「何故だ?」
なぜ、何故。理由を求められている。彼と出会った頃をぼんやりと思い出しながら、たどたどしく口を動かした。
「大人になったとは思うんです」
「で?」
「大人になるってことは、汚れることだと思うんです」
「………」
「だから私は、変わったと思います」
「普通の女の子」が知らなくていいことを知ったし、経験しなくていいことも経験した。それって多分、善悪をおいておくとしても汚れることだと思うのだ。
私はもう、「普通の女の子」には戻れない。
アーロンさんと揃いの刺青が刻まれた箇所をするりと撫でた。これこそが、その証明だと思う。
「だからって、今の自分や環境に不満があるわけじゃないですよ」
「…俺は」
憂いを帯びたアーロンさんの目に胸がきゅうと疼く。彼の些細な機微にさえ、痛みに似た愛情が私の胸を焦がす。
彼の言葉を、静かに待つ。
「俺はお前に溺れている」
冗談、かと思った。でもアーロンさんの瞳は、ひどく真剣だった。
「…魚人でも溺れるんですか」
「シャハハ、言うようになったじゃねぇか」
ああ、愉快そうに笑うその姿も…好き、だ。
「私はずっと前から、アーロンさんに溺れてますよ」
彼の厚い胸板へゆっくり指を滑らせながら、すうっと目を細めた。
「だから、おあいこですね」
笑いながらそう言うと、アーロンさんは私の身体に刻まれた刺青をゆっくりと撫でた。
慈しむように、でも仄かに情欲を孕んだ行為に息を詰める。
握りしめた彼のシャツからは、自分が身に纏うワンピースと同じように柔軟剤のかすかな甘い香りがした。
「変わらねぇよ」
「アーロン、さん」
「お前は…純粋で無垢なままだ」
顎を持ち上げられ、鋭利な鼻と歯に当たらぬよう優しく口付けられる。
目を閉じてそれにこたえていると、彼の分厚くて長い舌が唇を割開いた。そのまま私の口内を蹂躙する。
たまらない感覚に身体が震え今度は強くシャツを握りしめた。
じわりと滲むように、熱と快楽が広がっていく。
「愛してる」
柄にもない彼の言葉は、私を溺死させるには充分だった。