Dream

□十字架が燃えている
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待って、いかないで。

遠ざかる背中に痛くなるほど手を伸ばし、必死に叫ぶ。もつれそうになる足にもかまわず走る。小さくなる背中に溢れる涙。視界が滲んで歪む。お願い、おいていかないで。私の悲痛な声を掻き消すさよならの言葉は、死刑宣告よりも残酷だった。


は、と目を覚ます。暗く静かな部屋は美しい月明かりに照らされていた。数秒の間の後、夢を見ていたことを認識する。ひどく安堵し、こわばっていた身体から力が抜ける。右半身がいつもより重い気がしてそちらをゆっくりと向くと、私の右手を両手で強く握るアルの姿。

「………アル?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「うう、ん」
「大丈夫?すごくうなされてたよ」
「…いや、な夢…見た」
「…そっか」
「…手」
「あ!ご、ごめん!心配だったから」

解けそうになった大きな手に夢が強烈にフラッシュバックする。慌てて掴んで、アルを見上げた。

「待って」
「え?」
「そのまま…握ってて」

アルは戸惑いがちにまた手を握ってくれた。それなのに胸元が冷たいままで息苦しい。

最近、二人の背中が…アルの背中がとても遠くに感じる。隣にいても、どんなに近くにいても。それがつらくてたまらなくて、とても苦しくて。本当につらいのは、アルとエドなのに。そう頭では分かっていても、無力な自分に嫌気がさして悔しくなる。
アルを、皆を、この手で守りたいのに。それなのに私はひどく非力だ。
ふたりに…アルに置いていかれても仕方ないのだ。でも、もし本当に置いていかれたらと思うと怖くてたまらない。エゴイスティックな自分に呆れる。

「アル…」
「うん?」
「抱きしめて」
「え…でも」 
「お願い」
「…わかった」

ベッドからゆっくりと起こされつつ、腕を伸ばして鎧の首にぎゅうっと抱きついた。ひどく冷たいそれに不思議と安心する。

「苦しくない?どこか当たって痛くない?」
「うん」
「…名前な本当に物好きだよね」
「どうして?」
「こんな僕が…好きだなんて」

アルの目に暗くて悲しい影が落ちた。悲しげな姿に唇を噛み、かたい肩を叩く。手が少し痺れたが、構わず数回振り下ろした。

「馬鹿」
「ば?!な、なんで」
「姿かたちなんて関係無い」
「名前…」
「私はアルが…アルフォンスが、好き」
「!」
「キスして」
「………」
「早く」

私の唇と、アルの顔の口の部分をゆっくりと合わせた。これが私達のキス。冷たくて無機質なキス。
きっと他の人には笑われるだろう、そんなものはキスと呼ばないと。それでもいい、笑われたって馬鹿にされたって構わない。

「アル」
「うん」
「大好き」
「僕も」
「愛してる」
「僕も…」
「どこにも…いかないで」

太い首にすがりついて静かに泣いた。アルは何も言わず、優しく、だけれど強く抱きしめてくれた。

彼の腕の中で幸せを噛み締める。この幸せが永遠に続けばいいと思う私は、やはり傲慢だ。



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