Dream

□腐り落ちていく
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足元にある仕立てのいい真っ白なYシャツを踏みつけた。足裏でも分かるほどの高級な生地の感触。
静かに癇癪を起こしている私は、しわくちゃになるほどに踏み躙った。
こんなことしたって、ギルベルトさんがアイロンをかけたらあっという間に皺一つ無くなってしまう。
彼には、私の痕がつかない。首筋に吸い付いても、皮膚に爪を立てても、気が付けば無くなっている。すぐに何もかも消えてしまう。
私はこの人になんの痕跡も残せない。何かが許してくれない。
絶望に似た苦味を幾度奥歯で噛み潰しても許してくれないのだ。
屈辱に塗れたままなんて生きた心地しないのにな。
シャワーを浴びようと立ち上がろうとした瞬間、背中をすうっと何かが這った。
驚いて勢いよく振り返ると、さっきまでぐっすりと眠っていたはずのクラウスさんと目があって。背中をなぞったであろう指は瞬時にして引っ込められた。
私が怒ったと勘違いしたのか、碧色の目がひどく陰った。鬱々と考え込んでいた私の目はいつもよりうんと鋭かったのだろう、この人はそういう所まで見る人だから気づいてしまったのだ。
可愛い、可哀想な人。

「す…すまない…その、君があまりに綺麗だったから…」
「…きれい?」

思わず素っ頓狂な声を上げる。

「…君の背中に私が付けた爪の後がついて…白と赤のコントラストが…」

彼の言葉を確かめるために肩から自分の背中を覗くとくっきりと爪の後がついていた。
…私の身体はこの人の痕だらけなのになんて不公平なんだろう。足元のシャツをまた踏み締めた。
こんな小娘に抱かれて気持ちいいですか。いつも聞きたくて聞けないこと。
死んじゃえば聞かなくて済むのかなあ?
意気地の無い私には、そんなこと出来やしないんだけれど。

「…名前」
「はい、なんですか」
「君は、綺麗だよ」
「クラウスさんの方が綺麗ですよ」

とびきり美しくてかわいい獣。私だけのものにならない男。
憎悪と愛しさと焦燥感を隠すように深く口付けた。
分厚い舌を何度も舐め回すのがたまらなく好きで離れ難いが、シャワーを浴びようとしていたことを思い出して口を離す。色っぽい荒い息を繰り返すクラウスさんに目を細める。

「さあ、もう休んでくさい。私もシャワーをすませたら寝ますから」

シャワーを浴びたら私は出ていく。もう二度と…ここへは戻らない。

…そう言えたら、どんなに楽だろう。

真っ黒な気持ちを消すように、真っ赤なクレヨンで塗りつぶした。

それはひどく、濁った色だった。



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