Dream

□瘢痕
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ここにいるのが生きづらいなんて思ったことは一度もない。むしろ祖国にいた方が私には生きづらかった。
集団生活の強要、くだらない集団秩序、閉鎖的な学校、何もできない、何もしてくれない馬鹿みたいに保守的な大人達、衰退していく経済に政治、「普通」じゃない者への徹底的な差別。
何もかも息が詰まりそうだった。

今、私がこの秩序もくそもないロアナプラで平和かつ刺激的に暮らせているのは運命なのか、はたまた偶然か。

「考え事か」

先程まで静かに煙草をふかしていた張さんは、いつの間にか私の隣に立っていた。
端正な顔を見上げたあと、もう一度前へ顔を戻す。

「あのまま日本で暮らしてたらどうなっていたのかなって考えてました」
「…帰りたいのか?」
「まさか。向こうでのことを思い出すだけで吐き気がします」
「そうか、そりゃあよかったよ」
「でも制服は着たかったですね、日本の制服はかわいいですから」
「いつもみたいに頼めばいいんじゃないか?」
「どこかの誰かさんが届いた日に汚すのでいいです」
「なんだ、それは俺のことか?」

張さん以外誰がいるんですか。
私がそう言うと、張さんは身体を揺らしながら心底愉快そうに笑った。

ガラス張りの窓越しに、外をじいっと見る。

夜のロアナプラは廃れたテーマパークのように街が電飾で輝いている。日本の華やかで美しい電飾に比べれば大したことないのかもしれないけれど、私はこの薄汚い下品な電飾の方が好きだ。
日本の電飾を見ているとあの人工的な光に食べられてしまうのではないかと不安になるのだ。
欲望に塗れた、浅ましい光に。

瞬間、背中に重みと熱を感じた。
耳元に感じる吐かれた熱い息と、お腹にまわされた逞しい腕。幸せを噛み締める。

こんな私を愛してくれる張さんに、死ぬまでにどれだけ恩返しができるのか。いつもいつも、考える。

あの世でも恩返しができるのなら良いけれど。

そう思いながら、服の中を這う手の感触に目を閉じた。

愛の吐息をもらす私を知っているのは、この人だけだ。



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