水塊に溺れる

□甘やかな契り
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「あの」
「ん?」
「名前ちゃんに…お願いが、あり…ます」
「はい」
「き、き…き、き…」
「き?」
「キ、ス…が…したい…で、す」

しりすぼみになりながら、徹くんはたどたどしく私にそう告げる。
大きな両手で顔を隠しているけれど、耳まで真っ赤でそれはあまり意味は無いように感じた。
興味本位で、耳をするりと撫でる。
徹くんは驚いた小動物のように大きく身体を飛びあがらせて、目を白黒させながら縮こまったまま私を見ていた。

「名前ちゃんのえっち!」
「ごめんごめん、触ったらどうなるのかなって」
「俺の純潔が名前ちゃんに奪われた!」
「純潔って」
「責任取って結婚して!」
「うん、いいよ」
「え、」

まあ、いつか、だけど。そう続けると、徹くんはまた顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせる。
は、とかえ、とかへ、とか謎の言葉を発しながら私を指さすので首を傾げた。

私の中では、この先結婚をする人なんて目の間の男…及川徹しか、考えられないのだが。

「しないの?」
「えっ!いや!します!したいです!」
「キスもするんだよね?」
「ふぁい!!!」

勢いよく立ち上がって、私の方へやってくる徹くん。
私の肩を優しく掴んで、背をかがめた徹くんのとこか潤んだ目を見つめながら、口を開いた。

「ねえ、徹くん」
「う、ん?」
「徹くんははじめてじゃないんでしょ?」
「そ…それは…まあ…」
「えー、なんか不公平だねぇ」

怒っているわけではないのだが、わざと機嫌が悪くなったふりをしてみる。
手に取るように徹くんが慌てふためいているのがわかって、上がりそうになる口角をなんとか誤魔化す。

「俺、どうすれば…」

私の肩に手を置いたまま、絶望、という言葉が似合いそうなほど顔を真っ青にする徹くんに流石に申し訳なくなった。ふう、と息をつくと、頬に手を伸ばして優しく笑った。

「じゃあ私を最後の女の子にしてよ」
「え?」
「もう私としかキスしないってこと」
「!」

青ざめていた顔が、ほんのりとピンク色になっていく。女の子みたいなうっとりとしたかわいらしい顔に、綺麗な容貌だなあ、と思わず見つめる。

「うん…わかった」
「私としかしない?」
「うん」
「後悔しないの?」
「しないよ、だって俺は名前ちゃんが大好きだから」

真剣な彼の双眸に、私も目を細めた。

「徹くん」
「うん?」
「私がしてあげる」

目を閉じて、と囁くとそのまま唇を重ねた。思っていたよりも柔らかい徹くんの唇の感触。
自分の方がかさついているような気さえしたけれど、それでもそんなことは気にならないくらい満ち足りた気持ちになった。

徹くんに対してこんな気持ちになる日が来るなんて、思わなかった。


ああ、私達、運命だったのかな、なんて。

そんなあまりにも非現実的なこと…思ってもいいのだろうか。



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