水塊に溺れる

□あなたの瞳は美しい
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「おはよう、徹くん」
「…へ?」

私の、隣の席。その席に座る少年に歩み寄り、朝の挨拶。
少年…徹くんは、ぽかん、と形の良い唇を開けてこちらを見上げていた。私はそのまま、彼の返答を待った。
しばしの静寂が流れた後、おずおずと徹くんは口を開いた。

「えっ…え?」
「おはよう」
「えっあっ、うん! おっ、おはよう…」

じゃなくて!、と勢いよく立ち上がった徹くんに何事かとクラス中の視線が集まったのがわかった。顔をほんのりと赤くさせてぷるぷる震える徹くんに、私は目を細めて微笑んだ。

「な、名前…」
「うん」
「だ、だって…ふたりきりの時だけ…じゃ…」
「いやだった?」
「えっそんな!全然!全然いやじゃない!」

全力で否定する徹くんに、思わず笑いが込み上げて軽く口元をおさえた。それでもふふ、と声を出してしまった。

「だったらいいよね?」
「う、うん…」
「照れてるの?」
「…はい、正直」
「徹くん、かわいいね」
「かっ、かわ…」

へなへなと私の足元に座り込んでうつむいてしまった徹くんにあわせて、私もその場に腰を落とした。
背中を優しくぽんぽんと撫でると、制服越しでもわかるほどに熱い体温。驚いたが、まるで自分が愛されているかのような証明にゆるりと口が緩んだ。

「ごめん、驚かせちゃったね」
「…心臓に悪いです」
「うん、でも今日から呼びたかったから」
「…ずるいよ、そんなこと言われたらもう何も言えないよ」
「ありゃ、それは申し訳ない」

ゆっくり顔を上げた徹くんは、耳まで赤くしていた。胸の奥底から愛しさが込み上げて、思わず胸のあたりをおさえた。
ああ、本当に、かわいい人。

「ほらほら、授業始まっちゃうよ」

もう一度背中をぽんぽんとたたくと、徹くんはゆらりと立ち上がった。いつ見ても高い背丈に、私はまた目を細めた。
大きな手が私の肩に伸びて、優しく包む。見上げた顔は恥ずかしさと照れが交錯した表情だったが、それでも私を見つめていた。

「…名前ちゃん」
「うん?」
「もう一回きちんと言わせて」
「うん」
「おはよう、名前ちゃん」
「おはよう、徹くん」

とびきりの笑顔で、徹くんに笑いかけた。すると徹くんも、まだ恥ずかしさを残しながらも笑ってくれた。


私達はここから、少しずつ混じり合っていく。



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