水塊に溺れる
□それはまるで夢のような
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目をさ迷わせながら及川くんを探す。
ふ、と彼を見つけた。少し身を乗り出してじっと見つめる。
及川ナイスサー、という言葉が合図だったかのように、及川くんはボールを真上へあげ、両腕を後ろへぐんっと伸ばした。
息を、飲んだ。
高く、高く高く、飛び上がる及川くん。
そのままボールに向かって手を振り下ろすと、向かいのコートのラインの前に重い音をたてながらボールは勢いよく落ちた。
わあ、と女の子達の黄色い声があがる。
うつく、しい。美しい。
心の底から綺麗だ、と思った。
的確ではない表現なのかもしれない。けれど、どこまでも高く飛んでいってしまいそうなそれは、あまりにも芸術的だった。
目が離せない。ずっと見ていたいとさえ思った。
私の知らない、及川くんだ。彼のことを全て知っているなんて、そんな驕り高ぶったこと思ってもいなかったけれど。
でも、私が想像さえしなかった彼の姿がそこにはあった。
身体がかたまって動かない。ゆるく動く指先に力を込め、柵を握った。
こんなにも綺麗で美しい人間が、私のことが好きだというの?
信じられない。到底、信じることなどできない。
私は…私、は…。
時が嵐のように過ぎ去ったかのように、気がつくと練習が終了した時間になっていた。
女生徒達も、名残惜しそうにその場を後にする。
ずっと、及川くんを見ていた。ずっとずっと、見ていた。
私は、彼のことをなんにも知らない。それは自覚していた。
けれど、知ろうとしていたの?及川くんに、これから俺のことを知っていってと言われたのに。
「名前ちゃん!」
自分の名前を大きな声で突然呼ばれてびくん、と大きく身体を揺らした。
そこには、今まで下のコートにいたはずの及川くんがいた。
…あれ、いつの間にか、私の身体は動くようになっていた。
「及…徹、くん?」
「ほ、本物だあ〜…」
私の肩を両手で掴み、はああああ…と大きな息をつきながら及川くんはうなだれた。
突然の行動に真意がつかめず、どうすればいいのかわからない。
「いつから?いつからいたの?」
「えっと…一時間前くらい、かな」
腕時計を確認しながら言葉を返す。
自分で言って驚いたが、一時間も及川くんのことを見ていたらしい。
「どうだった?」
「どう…とは?」
「バレーしてる俺、どうだったかなあって…」
気になって…としりすぼみに小さくなる及川くんの声は、それでも確かに私の耳に届いた。
私は戸惑わず、思ったことを素直に告げた。
「綺麗だと、思った」
「…きれい?」
「うん。すごく…美しかった」
「!」
及川くんの色白な顔が、じんわりと赤くなっていく。その様をじっと見つめた。
朱色に色付いたそれは、とてもかわいらしくて…思わず目を細める。
「…うれ、しい」
「うん、よかった」
何故だろうか。及川くんが嬉しいと、私もとても嬉しかった。
「また…見に来てくれる?」
「徹くんがいいなら」
「いい!いいよ!来て!むしろ毎日来て!!!」
「あはは、毎日は無理だよ」
なんて、笑って誤魔化したけれど。
また及川くんの姿を見たいと思ったことは、どうにも言い出せなかった。