水塊に溺れる

□臆病なアプリコット
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「あ〜、だめだ…思いつかない…」

行儀は悪いとわかっていたが、いすの上で膝をかかえて顔を埋めた。隣で作業していた友人は、丸まった私の背中をぽんぽんと撫ぜる。優しいそれに、かたまった心身がほぐれていくようだった。

「気分転換でもしてきたら?」
「うん…そうする」

とりあえず今の状態で文章を保存、と。ふらりと立ち上がると、スカートのすそを友人が数度引っ張る。

「荷物持っていけば?そのまま帰ることもできるし」
「頭良すぎか…そうします」
「じゃあ、とりあえずばいばい」
「うん、ばいばい」

また明日、と続けてリュックを背負って部室の外へ。
廊下へ出ると、遠くから聞こえる運動部の掛け声が混じりあって私の鼓膜を震わせた。


「はあ…」

ため息をつきながらとりあえず一階までおりてきた。
とぼとぼ歩いていると、遠くからきゃあ、という女の子達のかわいい声。

何事かと思って声の方に顔を向けると、女生徒達が集まっていた。
あそこって確か…男子バレーボール部が使ってる体育館、だよね?
リュックを背負い直して、そちらへ向かう。

一番後ろの方へ紛れて、背伸びをして中を見る。
そこでは私の予想通り、男子バレーボール部の子達が練習をしていた。
すると、ひとりの女生徒が及川くん、と高い声をあげた。それに続くように及川さん、や及川くんと熱のこもった言葉を他の子達も口々に出す。
…なるほど、これが及川くんのファンか。
老若男女に好かれていることは知っていたが、よもやここまでとは…。

…そういや及川くん、頻繁に練習見に来てよって言ってたな。せっかくだし、見ていこうかな。

う〜ん、でもここじゃ見にくいな。

上の方に目線を向けると、柵がある体育館の二階部分にもまばらに人がいた。
…あそこならゆっくり見られるかも?

人がいない後方の出入口からそろりと入り、足早に階段で上に向かう。


いざ上がってみると、かたまった女子のグループが数個ある以外は誰もいなかった。
皆、熱心に練習の様子を見ている。

…全員及川くん目当てなのだろうか?
いや、岩泉くんも顔立ち整ってて、優しいし人気ありそうだけど…。

運動部の練習を見るという慣れないことに少しの気恥しさを感じながらも、私はそっと下を覗き込んだ。

それが私の人生を変えることになるなんて、気が付くはずもなく。




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