水塊に溺れる

□この世界に魔法は無い
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「ただいま」

しん、と静まり返る家に自分の声が飽和して消える。
誰もいないことを知らせる静寂。リビングの明かりをつけると、テーブルの上には封筒がひとつ。

手に取って中を確認すると、一万円がいつも通りの枚数入っていた。

何も言わずリュックにしまい、明かりを消してそのまま自分の部屋へ向かう。


部屋に入って、まずは窓を開けた。まだ暑い夕暮れの風が室内を満たす。
揺れるカーテンを横目に、リュックから封筒を取り出してお札を財布の中に入れた。
…近々買い物に行かなくちゃ。
リュックに財布を戻し、そのままかばん掛けにかける。

疲れた、な。
ベッドの上に身体をゆっくり倒し、深く息をする。倦怠感からか重たく霞む思考に目をとじた。

親からの愛というものには、色々なかたちがあることは知っている。
私の両親の愛のかたちは、端的に俗っぽく言ってしまえば「お金」だ。

好きな学校に行かせてくれて、好きなことをやらせてくれて、好きなものを買ってくれて。
多分、それだけですごく幸せなことなんだと思う。
それが両親にとっての、私への「愛のかたち」なんだと思う。

けれど。
家には明かりが灯っていて、玄関を開けたらお父さんとお母さんが迎えてくれて、優しく背中を押されて入ったリビングではあったかいご飯がテーブルに準備されていて。
そういった"普通"を夢に見てしまう。夢想してしまう。
贅沢なのだろうか。私は欲しがりすぎているのだろうか。

愛される資格がないから愛してもらえないのだろうか?
それでも…そうであったらと思うことは、罰せられることなのか?

生ぬるい風が気持ち悪い。けれど窓を閉める気にはどうしてもなれなくて、唇を噛んだ。

自分で準備する食事の味気なさを、自分で干す洗濯物の虚無感も、自分で掃除をする空虚感も。
知らない子がいるなんて、私は知りたくもなかった。

寂しさも、悲しさも、いつまでたっても枯れそうにはない。

それが良いことなのか悪いことなのか。

今の私には、わかりそうもなかった。




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