水塊に溺れる

□ストロベリームーンを拐って
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「ただいま」
「おじゃまします!」
「両親いないから気楽にしてくれていいよ」
「えっ…」

突然黙り込んだ及川くんを不審に思って振り返ると、顔を両手で覆っていた。変な行動に首を傾げる。

「どうしたの?」
「及川さんは最低な人間です…」
「はい?」
「ナンデモナイデス」
「私の部屋、こっち」
「う、うん」

廊下を進んで、角を曲がる。見慣れたドア。ゆっくりと開く。

「狭いところですがどうぞ」
「お、おじゃまします…!」

昨日気まぐれで掃除したのが幸をそうしたな。改めて見ても、整理整頓されていた。

「飲み物、アイスコーヒーとオレンジジュースどっちがいい?」
「こ…コーヒーで」
「わかった。待っててね」

かばんを置いて部屋を出る。うーん、私もコーヒーにしようかな。
お菓子は…チョコクッキーがあったな。それを持っていこう。
洗面所でしっかりと手を洗い、キッチンへ向かった。


「おまたせしました」

トレーにふたつのアイスコーヒーとチョコクッキーをのせて部屋に戻った。
勉強机とは別の、ベッドの横に置いてあるテーブルの前で及川くんは正座をして待っていた。

「あり、がとう」
「もっと楽にしてていいよ」
「う、うん」
「緊張してるの?」

意外、と呟くと及川くんはばつが悪そうに頬をかいた。

「女の子の部屋にくるの初めてじゃないでしょ?」
「それとこれとは別なんです!」
「はあ」

気のない声で返事をしてしまった。及川くんの前にコースターを置き、そのままその上にアイスコーヒーを置く。
テーブルを挟んで及川くんの向かいに座り、自分の前にも同じような手順でアイスコーヒーを置いた。
最後に、チョコクッキーが入った籠を真ん中へ。

今日は現国の課題が出ていた。
かばんから筆箱と現国の教科書とクリアファイルを取り出して、クリアファイルからプリントを出す。及川くんも同じような動作をした。

「わからないところあったらお互い声をかけあおうか」
「うん」

とりあえず、自力でやる。そこは及川くんと意見が一致したようだ。
自然と静かになり、お互い手を動かす。

時折、コーヒーを飲む音が交互に部屋に響いた。

氷の音が、静かに鳴った。




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