水塊に溺れる
□愛の季節がはじまる
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「…おい、クソ川」
肩をびくつかせた。皆がいなくなった部室は静かで、岩ちゃんの低い声がよく響いた。どきどきしながら次の言葉を待つ。
「また別れたんだってな」
「…はい」
「お前、本当にうんこ野郎だな」
「やめてよねその呼び方!」
ぎゃあぎゃあと声を上げながら地団駄を踏んだ。
「いい加減、遊ぶのはやめて真剣になれよ」
「…なんのこと?」
「…お前、本気で言ってんのか?」
真剣な、声。怒りと呆れと、少しの悲しみを含んでいるそれに面食らった。
「岩ちゃんこそ何が言いたいの?」
「…はああああああ」
「そんな大きな溜息つかなくていいじゃ…ぎゃっ!」
胸倉を強い力で掴まれた。ここまでされたのは中学生以来で、呆然とする。
「いいかグズ川、俺が言うことに真剣に答えろ」
「は、はい」
「お前が本当に好きな相手は誰だ?」
疑問符は申し訳程度で。それは俺へ問いかけているのではなく、俺の心を確かめているかのようで。威圧的なそれに、息が詰まった。
「もう逃げるのやめろよ」
「岩、ちゃん」
「もうお前には無駄にする時間なんてねぇんだよ」
「………」
「彼女が誰かにさらわれてもいいのか?」
背中に寒気が走った。
「もう一回聞くぞ。お前が本当に好きな相手は誰だ?」
「…苗字…名前、ちゃん」
「遅せぇんだよ、馬鹿が」
「うっ…うぅ…」
「泣くくらいなら最初から素直になればよかっただろうがこのボケ!!!」
「ご…ごもっども…でず…」
みっともなく泣いた。涙をとめようとも思わなかった。彼女への思いと共に溢れ出ているようで…どうにもとめたくなかった。
「あじだ…ごぐはぐ…じまず…」
「遅せぇよ。とっくに誰かと付き合ってるかもな」
「ゔゔ…ぞれでもおれはあぎらめない…」
「…そうかよ」
かくして俺は、拗らせまくった激重感情を苗字名前ちゃんにようやく伝えたのでした。
まさか本気だと思われてなかった、というのは…また別のお話です。